とても大事な未来の話

突然ですが、みなさん野糞をしたことがありますか?

わたくし?ええもちろんありますとも。

小学生の頃は、草むらとか広場に捨てられたコンテナの中とか人の家と人の家の間の隙間とか、そりゃあもう至る所で野糞を放ったもので御座います。

学校から帰っている途中に突然の腹痛に襲われたり、かくれんぼをしている時に便意を催してどうしても我慢できなくなったり、人生で「ちょっとトイレ行ってくるわ」とは言えない状況って、思いのほかたくさんあるじゃないですか。野糞で済ませられるならまだマシな方で、授業中におもらししちゃったやつとか、どの学校にも絶対にいたと思うんですよね。

例えば、今、部屋の窓を開けると小高い山脈が見えるとするじゃないですか。山脈には一定の間隔で鉄塔が立っていて、送電線が渡されています。電気は生活に欠かせない設備ですから、定期的に保守点検が行われています。つまり、あの山脈の中腹にある鉄塔まで獣道を通って行って、作業をしている人っていうのが実際にいるわけです。そんな場所で猛烈に便意を催してしまったら、あなたはどうしますか? 私はそういう話をしているんです。

やれドローンだ、人工知能だ、自動運転だ、などと私が子供の頃には考えもつかなかった技術が目覚ましい速度で洗練されていくこの世の中ですけれども、野糞問題は一向に解決していないわけですね。

例えば、中世ヨーロッパでは、道端にあまたの人糞が転がっていたようです。出先では野糞がデフォだったわけです。女性のドレスは地面につくくらい長く、裾がふくらんだデザインをしていました。これはバレずに野糞をするためのデザインです。

例えば、江戸時代。この頃の庶民は長屋住まいだったわけですが、共同トイレでした。自由に排便することができなかったんですねえ。

時は流れて現代はどうでしょう。公衆便所ができたり、オムツが開発されたり、排便の自由はかなり確保されてきました。個人的には、コンビニのトイレ貸し出し制度というのは、遠い未来の義務教育で必ずテストに出るレベルの評価を受けるほどにイノベーティブな発明であったのではないかと思います。しかし野糞の無い世界が到来したわけではないのです。

創作の世界では、未来を描いているものがたくさんあります。しかし排便の自由を獲得した未来を描いた作品には、まだお目にかかったとこがありません。例えばドラえもんの未来。まあ最悪四次元ポケットにぶちまければその場をしのぐことは出来るでしょうが、あとあと後悔しそうです。冒険しててピンチが訪れた時にとっさに取り出したのがうんこで game over なんてことになってしまったら目も当てられません。例えば攻殻機動隊の未来。もしかしたら下半身を電脳化して仮想空間に放尿するという方法が採られているのかもしれませんが、根本的な解決になっているかは微妙ですね。幻肢ならぬ幻おちんちんのゴーストによる残尿感に悩まされそうです。ていうか排便機能をとっぱらったのは人間と呼んでいいのか。何をもって人間とするのか。人間の定義についても考えされられますね。

最新の技術により、色々なことが便利になっています。これからももっと便利になっていくのでしょう。とりあえず道端に人糞が転がっていない世界は獲得できました。一家に一台の排便施設も複数に増えつつあります。インスタントに排便できる使い捨てガジェットも開発されました。公衆排便施設ができ、24時間いつでも綺麗な状態の便所で排便ができるようにもなりました。排便がこれからどのように進歩していくのか、私にはまったく想像がつきません。確実に言えることは、現状が完璧ではないということです。なんだかワクワクしてきませんか?そうですか。