ちょっと何言ってるかわからない人

 

情報商材売りは忌み嫌われるべき存在だが、それをゴールドラッシュにおけるシャベル売りになぞらえて批判を展開している人がいた。

要は「今の若者の多くがブロガーを志している」ではなくて「ブログをやれば儲かる」ことを叫ぶ若者が多いという部分で、これはもちろん「金を掘るより金を掘りに行く輩にスコップを売るほうが儲かる」だからなのは当然として、そういうあざとくお手軽な手管を若者が叫ぶことの異常さに気づいていないところだと思ってる。

ゴールドラッシュのシャベル売りは有名な話で、ゴールドラッシュで一番儲けた人たちのことだ。一攫千金を求めてやってくる有象無象にその道具を売ったのだ。

私はこのシャベル売りの話は商売の極意的なものだと思っている。ついでに言えばジーンズメーカーのリーバイスも、丈夫な衣服として金鉱夫に好まれたことで大成功して現在がある。そういった成功者たちを情報商材売りと一緒に扱っている。これでは情報商材売りを褒めているようなものだ。しかもそれらの商売を「あざとくお手軽な手管」なんてまるっと否定している。

一つの話からどういう教訓を読み取るのかが人によって変わるもんだけど、まさか情報商材売りとシャベル売りを一緒くたにする人がいるなんて思いもよらなかった。馬鹿なのかな。

 

その後ウジウジと固定観念にまみれた独善的な空論が展開されていた。

 

たとえばこのブログで記事をあげる時、一つの記事で幾ら儲かるか?なんて考えない。
そもそもズブの素人が手慰みで書いたものを誰かが読むことでお金が発生すると言うだけでも驚きなのに、それに対して対価をいただけるんだから金額の多寡なんて問題ではない。
というか、あまり読まれすぎても、それほどの内容を書いているわけでもない。
だから「それなり」の対価が受け取れればそれで十分だろう、と思っている。

「それなり」って言われてもこの人がどれなりの対価をもらってるのかよくわからんし、それが情報商材売りが受け取っている対価を否定すると考える根拠ならそれってただの嫉妬ですね。

 

ところが「お金を儲けるためにブログをやる」というのは本来的に価値のない文章に擬似的な価値を付与したり、あるいは検索エンジンの隙をついて自身の記事を広く読ませたりする、言わば詐術に類するものだといえるかもしれない。

自分の書いたものに、自分が望む対価を受け取るだけの価値がほんとうにあると持っているのか?

そんな詐術で最も楽なやり方こそが前述した「金を掘るより金を掘りに行く輩にスコップを売るほうが儲かる」やり口であり、まさに価値の無いものに擬似的な価値を付与する行為に他ならない。

こうもネチネチとシャベル売りを情報商材売りと一緒にして詐術として扱われると情報商材売りも賢いやり方なのかと思ってしまうよね。

付加価値って商売の基本中の基本。テレビ新聞広告を見ればあらゆる商品にあの手この手で付加価値を付けようとしていることがわかるだろう。ブランドとか限定とかコラボとか有名人も使ってますとか今ならもう一個サービスとか100億ダウンロード突破とか全米が泣いたとかとかとか。シャベル売りを否定するってことはこれらの商売も全否定するってことになるわけだけど、こういう人が憤死するのかな。

 

別にブログで稼ぎたければ稼げばいいが、

別にブログで稼ぐことが悪いとは思わないし、それなりに価値を感じさせることを書いているならそれはそれで意味があるのだろう。

あとはこのように「やりたきゃやればいい」と言いながら否定否定アンド否定で嫉妬臭い文章が続く。

 

この人の他の映画記事とか漫画紹介とか読んでみたけど、99%あらすじとwiki情報の切り貼りだけで、残り1%の考察や感想などはなきに等しいものだった。「俺はこれ知ってるよ」「見たことある」って言いたいだけのためにサブカル漁ってるような感じ。この人の記事に価値を感じている人がいるように情報商材にも価値を感じている人がいるわけで、いったい何を否定したいのかがよくわからん。

いや私だって情報商材売りは遺憾と思うし買うこともないけど、この人の記事読んでると、あれ?意外とそうでもないのかな?なんて思えてくる。

 

 

ブログなんてマトモに稼ぎたいなら辞めとくほうがいい。
専門的知識でもあればまだしも、稼ぐつもりなら片手間では難しい。
だからみんなショベルを売りたがる。
だってそのほうが金になるんだから。

シャベル売りを否定→シャベルを売ればいい の繰り返しばっかりでなんかポルナレフになった気分。とりあえず偉そうだなってだけで最後まで何が言いたいのかわからんかった。