人を狂わせる方法

新年一発目の競艇万舟二本と中穴一本を逃した。どのレースも最終周回の最終コーナーで三着が入れ替わっておじゃんになるパティーンで、初めてスマホ力一杯ぶん投げたわ(おふとんに向けて)。

それからというもの、もうぜんぜん当たんねーのな。裏目裏目の連続で、呆れるほどに綺麗に俺の予想をピンポイントですり抜けてくのな。本命買ったら穴がきて、広く買ったら買ってないのが割り込んできてみたいな。麻雀で言うキルトクールの法則みたいなね。オカルトとかあんま好きじゃないけど、やっぱあんのよ。なんかよくわかんない偏りみたいなものが。で、もうこうなったらなにやってもダメなのね。冬みたいなもんで、終わるのを震えながらじっと待つしかないっていう(だいたい冬ですけど)。でも、「待つ」って実はものすごく辛いことなわけよ。いつまで待てばいいとか、待ったところでどうなるかはわからないとか、そもそも何を待っているんだっけ?みたいな、そういう状況下でただただずーっとその場にとどまって待ち続けることって普通にただの拷問ですよ。五億年ボタンって話あったじゃないですか。押すと一億円貰えるけど五億年間、無の部屋で過ごさなきゃいけないみたいな。あれは「五億年」という異常な待ち時間設定があることでその辛さが想像しやすくなっていますけどね、実際に時計も何も無い部屋に放り込まれたら、一ヶ月で立派な廃人になりますよ。待たせ続けるとね、人は簡単に狂うんですよ。実際戦争では監禁という名で拷問として用いられていたじゃないですか。ネットではよく「これこれこんな酷い仕打ちをされて傷つけられました」的なことで盛り上がっていますけどね、「異常なほどに待たされる」ということそのものの残虐性についてけっこう鈍感というか、もっと怒りを向けようよと思ったりもするわけです。まあ日本の会社では今でも窓際族とかリストラ部屋とか名前を変えて拷問やりまくってるようですが。やっぱ狂いたくはないじゃないですか。じゃあもう待ってらんないよねって話で。で、また負ける、と。ええ、これ詰んでますね。