ニコ生配信中炎上事件の教訓
ニコニコ生放送配信中に火事を起こした男が話題になっている。
適当に検索すれば、すぐに動画にたどり着けるだろう。
非常に不謹慎な話だが、コントを見ているようだった。
それくらい話の流れが私にとってあり得ないものだった。
火事が起こるまでの数分間に数多くのボケが、いや教訓が散りばめられていた。
この悲しい事件をこのまま風化させるのはしのびない。
せめて得た教訓を、ここに残しておきたい。
1,わからないことはしらべよう
動画開始直後から、私はやきもきしていた。
この動画は「100円ぐらいで売っていた永久マッチジッポ」の開封から始まる。オイルマッチである。
なんだこれは?みたいな反応から始まって、コメントを頼りにあーでもないこーでもないと触るのだが正しい使い方になかなかたどり着けないのだ。
これを見ていただれもがこう思ったに違いない。
「わかんねーならググれよ……」
「マッチ ジッポ」ですら検索できる。いまや「オイルマッチ」と検索するとこの件を取り扱った記事だらけである。もしかしたら調べるという選択肢は思いついていたのかもしれない。しかし視聴者と交流するためにあえて調べなかったのかもしれない。しかし残念ながら、そこまでの用意周到さは感じられない。
わからないことは調べる。当たり前の話なんだが、お前は常にそうしているのか?と聞かれると、胸を張れない。聞くは一時の恥 聞かぬは一生の恥。あらためて胸に刻みたい。
2,自分はだけはだいじょうぶだあ、と思ってはいけない
私のやきもきは、オイルマッチの使用法を調べようとしなかったことだけではなかった。
ケースにオイルを入れる時から火をつける時まで、終始くわえタバコだったのである。
途中でオイルを入れ過ぎてこぼしてしまったにも関わらず。
くわえタバコで火器を扱うなど、はっきりいって考えられない。私は絶対にやらない。
動画にたどり着いた経緯から、結果火事が起こることはわかっていたので
「ああ、火種が落ちて燃えるんだな」
こう思いながら見ていたが、待てど暮らせど引火しない。ついついダチョウ倶楽部を急かすような気分になってしまった。しかし現実は想像の斜め上をいくこととなる。
世の中にはたくさんの事件が事故があるが、自分だけは大丈夫、と思いがちだ。こういった慢心は私にもある。この動画を見たら、誰もが配信者に対して「そりゃそうなるよ」と思うだろう。しかし配信主は、まさか火事になるとは思ってもいなかっただろう。実際に起きる事故の原因の多くは、こういった慢心にあるのかもしれない。自分を客観的に見ることは難しい。
3,冷静に対処しよう
上記はあくまでも遠因である。問題が起こっても冷静に対処すれば火事になることはなかった。今回の場合、ボヤで済んだということだ。
ここで、火事までの流れをおさらいしよう。
- オイルマッチを手に入れる(これがなんなのかわかっていない)
- どうやらジッポらしいということで雑にオイル注入(オイルをこぼす)
- ティッシュでオイルを拭いて座席隣のゴミ箱へ(ゴミ袋をそのままゴミ箱として使用)
- 使い方がわからないまま、とりあえず火をつけてみる(オイルの処理が不完全)
- ジッポケース側に飛び火。火の勢いが強く床に落とす(マッチ棒側は吹き消してゴミ袋へ)
- 床に落ちた燃え上がるジッポケースの処理(マッチ棒側の消化確認を怠る)
- くすぶっていたマッチ棒側がオイルを拭いたティッシュに引火し、ゴミ袋ごと燃え始める
- 床のジッポケースの対応に追われ、後ろでゴミ袋が燃え始めていることに気がつかない
- 「ウシローウシロー」というコメントでようやく気づく
- ゴミ袋を部屋のすみに移動(ベッドやPCへの引火を避けた?)
- ダンボールで消化活動(効果なし)
- 火元にダンボールを置いたまま水を求めて部屋から消える(かえって火は勢いを増す)
- 水をためた洗面器をもって登場(焼け石に水)
- 警報機、鳴る
- 布団で消化活動(火に油)
- 離席
- 水をためた鍋を持って登場()
- 洗面器と鍋の二刀流
- 一人増える。一人は鍋、一人は洗面器
- 逃げる
正直、13の段階くらい火が勢いづくと、私も消化できないだろう。パニックになって同じようなことになってしまうかもしれない。消化器を使え、という意見があるが、今部屋が燃えたとしてすぐに消化器を取りに行ける人などごくわずかだろう。消化器の場所がわからない、置いてあるかすらわからない、という人がほとんどだろう。
冷静に対処すれば、火はすぐに消せただろう。最悪ボヤで済んだだろう。しかしパニックになるとしかるべき対処ができないということが、この動画からわかった。では冷静に対処するためにはどうしたらいいのだろう。
余裕が必要なのだと思う。
整理整頓してある部屋。ごみを片付ける心の余裕。
使い方を調べる、という心の余裕。
もしかしたら燃えるかも、という心の余裕。
日々の余裕ある生活が、いざ問題が起こった時に、落ち着いて「どうしようか」と冷静に考えることのできる余裕を生むのではないだろうか。
ここまで切実な「志村ー後ろー!」案件にはめったお目にかかることができない。