国民のために働くっていくらなんでもヤバすぎるでしょ

車で走ってると色々なところに貼ってある選挙ポスターがちらちら視界に入り込んでくる。

いつもの政治家のなんてことない写真にありきたりのスローガンだかキャッチフレーズだかが書かれていて、もはやほとんど景色に溶け込んでいる感すらある。のだが、菅総理のポスターには度肝を抜かれた。

 

国民のために働く

 

赤黒いグラデーションのグロテスクな背景に明後日の方を向いた総理が立ち、そしてこのキャッチコピーである。

選挙ポスターに求められるあらゆる要素に対するセンスと訴求性がゼロを通り越してマイナスだ。こんなに酷い、いや恐ろしいポスターはこの先見ることがないだろう。そうであってほしい。

美しい国がうんたらかんたらっていう安倍晋三のやつも相当アレだが、国民のために働く、はさすがに怖すぎる。

それって言うまでもなく当たり前の大前提のことであって、その上で私はこんな社会にしたいです、とかこれを変えないといけないと思ってます、とかを広告するためにキャッチコピーがあるわけであって、それ以前の大前提をわざわざ文字数の限られた選挙ポスターに書くって、まるでこれまで国民のために働いたことがないみたいじゃないか。お前は今まで誰のために働いてたの?ってならない?そしてこんなことをキャッチコピーにしている時点で国民のために働くつもりなんてさらさらないわけである。なぜならそんなことはキャッチコピーにするまでもなくすべての政治家にとって当たり前すぎる大前提でなければならないことだからだ。大事なことなので何回でも書いてしまったが、こんなクソ当たり前のことをキャッチコピーにしているのはめちゃくちゃ異常でヤバいことなのである。なによりヤバいのが、こんな狂ってるキャッチコピーの赤黒いグロテスクな背景のクッソセンスのないフィクションを超えた恐ろしさの総理の選挙ポスターが国のいたるところに貼られていて、それが炎上もせず、誰も何も言わず、普通にそこにずーっと貼られていることだ。え?俺がおかしいの?