100日後に死ぬワニに怒ってる人w

最近、外で私服の子供を見かける機会が増えたのはコロナウイルスの影響だろう。なんだか皮肉なものを感じる。それはそれとして、久しぶりに映画を観た。といってもDVDだが。スカーフェイス。前々から気になってはいた映画だったが、観て納得した。グランドセフトオートはスカーフェイスをゲームにしたかったんだと。そしてそれを完璧にやってのけたのだと。といってもまだ途中までしか観ていなく、もうshe’s on fire が流れた時点でテンションMAXになって映画観てる場合じゃなくなってる。

なにより白眉だったのは車中で聴けるラジオだったね。これが全てと言ってもいいくらい雰囲気を作ってくれた。例えば日本だと(残念なことに)龍が如くがこれに相当するほぼ唯一のゲームだけど、音楽がないのよ。そこで流れているだろう、聴かれているだろう音楽がないのよ。だから雰囲気がないのよ。いや、あるっちゃあるんだけど、ないのよ。ほんでその肝心の音楽をタイアップしたりしてるわけじゃん。当然クソダサ商業jpopとのね。こういうのが作品の雰囲気を台無しにしているわけよ。ドンキの歌やらファストフードのアレやらが原曲で流れてオッってなるのとは全然違うからね、それは。

それはそれとして、ちょっと前までテレビ東京系列で堺正章西遊記が再放送されていた。それは子供の頃の俺にかなりの爪痕を残していたから、観れる時は必ず観ていた。そして最初に思ったのは、勇者ヨシヒコはこれがやりたかったんだなと。勇者ヨシヒコを観た後で観ると、まちゃあき版西遊記へのリスペクトしかないのな。ヨシヒコはとても良くやったと思う。現代で西遊記にあたるコンテンツをドラクエだと考えた時点でもうほとんどツモってるみたいなもんだ。それにしても、ドラマ西遊記は日テレのもんで、香取慎吾版の西遊記も日テレで作られたわけで、それがテレ東で再放送されているわけで、なんだかなあと思ったり思わなかったり。

話が逸れたけど、最近、100日で死ぬワニがバスってたみたいで、電通が関わってたから炎上してる。

オコな人たちが言うには、ワニの死、即、物販、的な流れが気に食わなかったっぽい。死に敬意を払えとかいう老害クレーマーアホたれみたいなのもいる。それはそれでどうでもいいんだけど、例えば今観てるスカーフェイスはさ、あるぱちーの演じるチンピラが成り上がって、多分惨めに死んでいく映画なわけよ。事前にあらすじを知らなくても、観始めて数分でだいたいの状況を理解したら、ああアルパチーノが演じるチンピラが悪の世界で成功して没落して最後は銃で撃たれて死ぬ映画なんだろうな、ってことが理解できるわけ。つまり、乱暴に言えば、構図としては100日で死ぬワニと似たようなもんなわけですよ。観てるこっちは死ぬ、あるいは落ちぶれて死ぬ、下手打って死ぬ、裏切られて死ぬ、とにかく悲惨に死ぬ、ってことが分かっているわけですからね。そのまま麻薬王として大成功してVサインでfinってことにはならんでしょ普通に考えて。それが予想できることって別に特別なことじゃないんですよ。コンテンツってそういうものなわけじゃないですか。ラブストーリーでヒロインと結ばれない話がありますか?って話ですよ。当然、主人公はヒロインと結ばれるんですよ。探偵は必ず殺人犯を突き止めるんですよ。んでそういった構成のコンテンツは基本であり常識であり、今の時点では最善のオチなわけですよ。そして観ている人にはそういったオチが脳裏をよぎるように作られているんですよ。

100日で死ぬワニが最終回が終わるや否や商業的な展開を見せてきたので、なんて理由で怒るということがね、だっさ、って思わざるをえないよね。お前の本心それとちゃうやろと。

いやほんまね、なんでせっかく面白い映画観たのに、クソみたいな現在のアホみたいな現象についてどうでもいいことが頭に浮かぶんだよと思う。