P A N T A

「あそこ、見てごらん」

 

現場について車を降りて5秒もしないうちに、白髪混じりのボサボサ頭を後ろでくくったおっさん。が話しかけてきた。Panta頭脳警察の人)を上から万力で挟んで優しく圧をかけたようなおっさん。まったく面識がないのに。日雇い現場にはこうした馴れ馴れしいおっさんが必ず一人はいるもんだ。目線を追うと、建物の入り口の上にデカデカとローマ字の看板、というよりは名前があった。昔はよくいただろう女性の名前。美容院なので店主の名前なのだろう。すぐ横には今っぽいカフェがある。娘が始めたのだろう。俺は笑顔で「そうっすねー(それがなにか?)」と返す。

 

「私が世界で一番憎い名前」

 

おっさんは吐き捨てるように言うと、聞いてもないのにそのワケを喋り出した。なんでもその名前の女に自分の名前を馬鹿にされたのだそうだ。だからその名前のつくものはすべて憎しみの対象になるんだって。その美容院まったく無いのに名前だけでdisり始めやがった。

あー逃げ出したい。朝っぱらの初対面でてめーのトラウマ白状するか普通?名前を馬鹿にされた?ふーん、変なの。

 

世の中いろんな奴がいるもんだ、と思う暇を与えないくらいに俺にまとわりついては勝手に喋る。ミーティングちうなのに。日焼け止めを塗ったせいで目がしみるんだと。すでに二回聞いていたが、その話を俺に掘り下げて欲しかったのだろう。目がしみるほど顔に日焼け止め塗るか普通?塗ったことないから知らんけどそんいうもんなの?ていうかもうがっつり焼けちゃってますやんかアンタ。

 

さすがにこいつはヤベーやつだと思い始めたものの、まだ仕事も始まってないのに邪険にするのは気がひける。相槌にほんのりどうでもいいアピールを滲ませ出した矢先、やつは小声でカミングアウトをした。日に焼けたくないのは、女性ものの服を着たいからなのだと。女性の心を持ったままずっと生き続けてきたのだと。死のうと思っていたのだと。桐谷美玲が不動産屋のCMで着ている服を自分で作ったのだと。そしてキッチリ剃った脛を見せてきた。Pantaに激似なのに。

 

あっ。

 

なんか、

 

軽めにトリップしてしまった。

 

いやそういう人にはこれまで何度か会ったことあるし、別にどうということもない。なるほど氷解。心は女なのにすげー男臭い名前なんだろうな多分(権太みたいな)。しかしずっと根に持つこともないし、そのイジった女子の名前そのものを憎しみの対象にしなくったってよかろうに。まあ辛い人生送ってんだなあ。すげーアナーキーな思想持ってたし(例によって聞いてないのに)。とはいえ、別に面白くもないし同情もしない。普通に心が女子のまま男として育ったおっさんとしてベターに交流するのみだ。しかし、女装が趣味の変なおじさんなのかな、という猜疑心を振り払うことはできなかった。それくらいには信じられないほどディテイルがデタラメな出会いなんだもん。ちなみに仕事はまったく出来ないおっさんだったから普通にイラっとした。

 

にしても、こんなクソ田舎で女っぽさのかけらもないおっちゃんが女の格好をして女として生きていくってのはやっぱり色々と無理があるよな。話を聞いて欲しくてしかたなかったんだろう。認めて欲しくてしかたないんだろう。孤独を強く感じてるんだろう。わかるよ。認めますとも。けど何もできないし、なにもしないよ。それでいいんだろ?

 

ついこないだ、その辺(どのへんだろ?)のことを強く意識させられることがあって、そのことを書こうと思ってた矢先にこんなことがあるんだから、なに?引き寄せの法則ってこーゆーことなん?