男らしく女らしくらしくらしく

はてブではこのところ「男らしさ」やら「女らしさ」を強要されて云々みたいなことが話題になっていたが、要するに愚痴なんだな。

まあ、言わんとしていることはわからんではないが、こういう話を耳にした時にまず思うのは、そんなやつほんとにいたのか?ってことだ。

注目してもらいたいがために息を吐くように嘘をつく、そんなやつはたくさんいるしたくさんいたから。

どこの誰かもわからない奴のほんとかどうかわかんない叫びにあんなにもマジレスが集まることで、それがさも真実のことのようになっていく様は恐ろしい。

つっても、ああいうのに反応する人って、要するに自分の経験を重ね合わせて自分の怒りをぶちまけたいだけで、トピックが本当かどうかや根本的な問題についてなんて実はどうでも良いんだろうな、って思ったりもする。ほんで自分の怒りをぶちまけたら後は知らんとばかりに去っていくんだよな。そういうのは男らしく本人に直接言え(ほんとにいるんならな)。ネットで愚痴愚痴と女々しいったらない。

12人の優しい日本人という映画のラストみたいに「裁かれているのはあなたの奥さんじゃない!」と言ってやりたくなる。

男として生まれて男として育てられたからにはそこに男らしさのようなものは宿っているのだと思うが、男も女も全員、男らしさと女らしさのどちらも内包しているものだし、そういう「らしさ」を人が求めるのもある程度は仕方ない。男と女は違うんだから。

そんなことよりも、俺にとっては「自分らしさ」というものの方がよほどやっかいだ。上述した「男(女)らしさ」と何も違わなそうに思えるがそうではない。「男(女)らしさ」に対する感情はほとんど憎しみであり、それは他者へ向かっている。一方で「自分らしさ」に対する感情はさまざまで、それはすべて自分に向いている。

自分らしさを通したために起こったトラブル。自分らしくあれなかったことに対する後悔。自分らしく生きたいという願い。そもそも自分らしさってなんなんだ?という苛立ち。しかし人生が俺のものである以上、俺らしさというものは確実に存在する。わからないふりをしていると、もう一人の自分が言ってくるんだ。「わかっているくせに」「ほんとうにそれでいいのか?」と。