「文才がある」って褒められたいだけの人生でした

何かを褒める時に「神」とか「秀逸」とか使う人いるじゃないですか。

言葉、軽くなったよなーって思う。

いやネタ的に言ってんだったらいいのよ別に。でもね、普通のノリで使ってる人けっこういるわけじゃん。なんとなく使ってる的な。クリスタル的な。

 

あるはてブ記事についてなんですがね、その人のことをどうこう言いたいわけじゃないのでリンクは貼りませんけれども。

 

はてな界で人気者の記事のブコメ欄にしばしば出てくる「文才ある」って言葉の話なんですけどね、これがずっと引っかかっててね、これって普通にめっちゃ無礼じゃない?って思うわけです。それめっちゃ上から目線なんだけどわかってる?みたいな。お前になにがわかるの?的な。何様?っていう。

 

簡単に言えば、例えば芥川龍之介でも宮沢賢治でも誰でもいいけど、いわゆる文豪に対して「あなた文才ありますね」と言えますか?って話なんですよね。もしそんなアホがいたら普通に説教されて泣かされるか、どこがどう良かったのかの質問攻めにあって泣かされるに決まってるじゃないですか。

 

つまり、この手の褒め方をする人は自分を一段高みに置いているわけですよ。その人を褒める意図とは別に「俺は通だぞ」という自己顕示欲のような、あるいは書き手に対する媚びのような、そういった不純な自意識を感じざるをえないんですよね。むしろそっちの気を強く感じることが多いんですね。褒められた当人だって「文才あるね」の一言じゃなにも伝わらんと思うんだが、その辺どうなんだろ。

 

俺は自分の好きな作家はもちろん、ブログにしてもなんにしても「文才ありますね」的な偉そうな言葉なんて絶対に使わないし使えない。「好き」や「敬意」を伝えたい人に対して使う言葉じゃないから。評価する言葉でもない。「文才がある」ということを伝えたいなら「文才」という言葉を使ってはいけないのだ。

 

ともあれ、普通にイラッとすると思うんですよ。文才あるならなおさらね。だって文才のある人がその「文才」って言葉の中身の無さに気づかないわけがないんだから。礼も無ければ中身も無いっていうね。

 

こうやって文才についてなにやら語ってる俺がすでになんか偉そうに見えるでしょ?こういう言葉で人を褒めてはいかんと思うわけですよ。

 

いやまあなんかすごい怒ってるみたいになっちゃったけど、ただ単純に「文才ある」と評する人のその具体的かつ客観的な根拠を聞かせてほしいだけなんですよね。面白いとか読ませるとかそういうのは個人的な感想に過ぎないわけですから。

 

ところで「文才」っていったいなんなんですか?