安宿

旅行の最後の数日は大阪の西成区で過ごした。

ネットでよく見る一泊五百円のあの宿に泊まろうと思っていたが見つからなかった。

とりあえずその辺の安宿でもと思ったら、平日にも関わらず、けっこう泊まっている人が多いのね。何軒か断られて、むしろ宿無しになってしまうところだった。

千円ちょっとの宿の部屋は、畳をちょうど三畳横に並べて敷きっぱなしのせんべい布団と小さな液晶テレビとアルミの灰皿が置いてあるだけだった。

すえた匂い、部屋のくすみ、カーテンのやに焼け、なんだかとても懐かしい感じがした。上京して住んだいくつかの部屋は最後の物件以外はすべて畳だった。風呂無しの物件に住むのが夢だった。念願の部屋には10年くらい住んだ。

思い返すとけっこうやばい物件もあったが、どちらかというとこちらから選んだ節もあった。中でも一番やばかったのは、18で上京して最初に住んだ部屋だ。

見たことも聞いたこともない親類が東京のはずれに住んでいるということで、そこの二階の部屋に住ませてもらった。そこのオヤジは野球の広島ファンだった。当時の広島ファンは、イコールいつも機嫌が悪いということだ。いつも負けていた。

そこでの思い出のほとんどは思い出したくないものばかりだが、今でも本当に気味が悪いのが、風呂だ。追い炊き式の風呂だったが、初めて風呂に入る時、湯船の底に足をつくとぬるっとして澱が舞い、思わず声が出た。とても気持ち悪かったが、郷に入っては郷に従えの精神で、うずくまるようにして入った。風呂から上がってオヤジに明日風呂を掃除しますねと言ったら、あのままにしておいてくれと叱られた。どうやら水を変えずにずっと使っているようだった。あの澱は垢が溜まってできたものだったのだ。それ以来、風呂には入らず乾布摩擦で済ませるようになった。

結局いろいろあって、逃げ出すように、あるいは追い出されるようにして家を出ることになった。良い思い出といえば、駅前のピンの雀荘の大会で入賞したことくらいだが、そこでいくら負けたかは思い出したくない。泣きながら決めた次の部屋もそれに劣らぬタコ部屋のようなところだったが、その話はまた来世で。

とにかく、西成の安宿にはそういう懐かしさがあった。嫌いではないが、今度行くときはコロコロくらいはあった方が良さそうだ。