とうとうZOZOTOWNで買い物をしてしまった。

 

いや別に嫌いとかそういうのではなかったし、思いのほか使い勝手も良かったし、また使おっかなくらいの満足感はあるんだけど、だけれどもZOZOTOWNの存在を知ったのが田端某による炎上マーケティングだったから、炎上マーケティングに対して否定的な立場でいる俺としては図らずもその有効性を自らの行動で証明してしまったということになるわけで、そのへんの不本意具合にうまいこと折り合いがつけられずにいる。

 

いやまあ、あの炎上マーケティングを見た時点でいずれこういうことになる可能性を予感していたし、その有効性を認める方向の記事も書いたのだけれど、そんな懸念など意識することなくあまりにも自然に買物をしていた自分がいて、改めて炎上マーケティングの意義というか意識への刷り込み効果の恐ろしさを実感した次第なのです。そして不本意とはいえトータル的には満足しているというこの事実。俺が欲しい系のブランドの商品が軒並み少なかったという不満点はあるのだが、買物候補の一つとして存在感を強く示してくれてしまった。

 

まあ嫌いということと認めるということは両立するし、それができないと頭が狂ってしまうこの世の中だし、普通に考えれば喜ばしいことなんだけど、この直感的嫌悪感を拭えずにいる。拭ってはいけないのではないかと思おうとしている自分がいる。そしてこの直感が間違っているのではないかと思い始めている自分がいる。直感というやつは大抵の場合は勝手な思い込みに過ぎない。自分を省みても、他人を見ても、直感という言葉は自分の信じたいように、やりたいように事を運ぶための方便として使われている場合がほとんどなのだ。きちんと考えて、洞察し、委ねて、失敗する、これを何度も繰り返すことでしか直感は磨かれない。直感は経験則のマクロ化なのだ。組まれたマクロが間違っているかもしれないという疑念は常に持っていなければいけない。

 

そういった疑念を踏まえた上で改めて考え直してみると、やはり成功者への嫉妬でしかないのだろう。折り合いがつかない理由に対する答えとしては、残念だがこれ以上の説得力を持つ論は今のところ思いつかない。これが真であるかどうかは別にして、これらの事象とは意識の距離をもう少し置いた方が良さそうだ。