台風の日に

こないだ台風が直撃してさー。黒田のバックドアかっつーくらいえげつない軌道のやつが。あの世紀末感は嫌いじゃないし、切実な水問題を抱えてる県の住民としても、まあ、好きにやっちゃってーってところ、あるわけじゃないですか。

そしたらさー、停電しちゃったのよ。いきなり真っ暗。前に経験したのがいつだったか思い出せないくらいには久しぶりの停電なわけだけど、こういった状況で経験した停電って、数分もかからずに復旧する程度のものしかなかったわけよ。

そんな感じだもんだから、おっ、いいじゃん、なんつって高くくってたわけよ。雰囲気あるねー、なんつってさ。したら待てど暮らせどぜんぜん復旧しねーでやんの。余裕ぶっこいてたのもつかの間ですよ。え?これいつ復旧すんの?って思った瞬間、とてつもない不安の波が俺を飲み込んだんだわ。

そんとき俺が何をやってたかって、新聞敷いた床の上で素っ裸のウンチングスタイルになってバリカンで頭刈り込んでた真っ最中だったわけ。青ざめたよね。これほとんど詰めろなんじゃないかって。

避難勧告は既に何度も出ている。裏の山が土砂崩れを起こすかもしれない。隣家は一家総出で車に避難用品を運び出してる。親父はでかい声でどっかに電話してる。次の瞬間にものっぴきならない事態に見舞われるかもしれない。でも俺は避難できない。だってまだ途中なんだもん。南部虎弾みたいな頭で全身にスーパーミリオンヘアーをぶっかけたような素っ裸の中年が避難場所に駆け込んできたらそのまま三面記事飾っちゃうわけですよ。生命は助かるけど社会的に即死するわけですよ。それって意味ないじゃないですか。

「俺を置いて先に行っててくれ。すぐに行くから」

なんて両親に喧嘩腰の涙声で懇願している自分が、そしてそれを聞いた両親がちょっと何言ってるかわかんない状態に陥る姿が見えた。

しかし仮に俺が一人で家に残って土砂崩れに巻き込まれたとしても、その後発見される状態があられもない姿であることには変わりがない。どう転んでも救いがない。

今やるべきことは何か。すべてをかなぐり捨てて即時避難するべきか、人間の尊厳を守るべく誇りに殉じるべきか、とりあえず服を着るべきか。実際の逡巡はほんの数秒だっただろうが、俺には永遠に感じた。そして弾き出した答えは、すみやかに、しめやかに、我関せずの精神でもって、このまま素っ裸で頭を刈り続けることだった。だって服着るとあとが面倒だし。

買って10年くらいになるバリカンの心もとないモーター音が不安を煽る。速く走らせるとぜんぜん髪が刈れない。ゆっくりと、祈りながらバリカンを滑らせていく。

やっとなんとか形になってきた手応えを感じてきたとこで、部屋の明かりが点いた。とりあえず生命と社会的尊厳は失わずに済みそうだ。時計を見る。テレビではアンビリバボーが流れていたはずだったので、停電は正味30分〜40分くらいだったのだろうか。電力会社の人に感謝。それにしても真剣に物事に打ち込むと時間が経つの早いね。

そんな九死に一生を得た台風よりもさらにどてらい台風が近日中にいらっしゃるらしいが、もう大丈夫。いかなる事態に襲われようが、なにも迷うことはない。避難場所に正々堂々と駆け込んでやるさ。