なんだかさいきん

子供の頃さー、自分を良く見せようとか他人を貶めようとかしてすぐ嘘つくやついたじゃん。もうバレバレの嘘。んで嘘ついてんじゃねーよつって殴ったら先生とか親とかに泣きついて、いつのまにかこっちが悪い感じになってるの。他にもすぐ告げ口するやつとか嫌なやつとかバカなやつとかいたわけじゃん。近所に住んでる頭おかしい人とか。で、そういう危ないやつの情報は町とか学校とか保護者同士の井戸端会議とかの小さいコミュニティでなんとなく情報を共有しあったり愚痴りあったりしてたわけじゃん。そういうのでなんとかうまいことやってきてたわけじゃん。で、その頃は、そういうやつが成り上がるためにはそのままじゃダメだったわけですよ。見栄っ張りなやつも嫌味なやつも腰巾着も、その性根を音楽とか話術とか文章とか勉強とか何らかの文化的表現に昇華させる必要があったわけですよね。でないと誰も相手してくれなかったんですよね。で、インターネットで誰もが全国に発信できるようになってそんな時代も終わったわけですけど、それでどうなったかって、嘘つきは嘘つきのまま、嫌なやつは嫌なやつのまま、そのままの自分を発信することで注目を浴びることができるようになってしまったんですね。注目って言えば聞こえはいいけど、要するに道端に落ちてるウンコみたいなもんで、踏まないためには見ないわけにはいかないし、見なくても強烈な臭いのせいで気がそっちにいっちゃう的な注目なわけですよ。とはいえ、どんな理由であれ注目されるってのは良いこともあるわけで、とにかくまずは注目を集めようって人が手軽にインターネット使って暴れてるわけですよね。するとどんどん過激になっていくわけ。嘘つきはどんどん嘘が上手くなってくし、嫌なやつはどんどん嫌なこと言ったりやったりするし、バカなやつがコンビニの冷凍庫入ったり、飲食店の醤油差しに鼻突っ込んだりするし、ナルシストは顔盛って動画配信したり性的な問題起こしたりするし、人気を売ったり買ったりしてさ。こういう人たちってインターネットがなかった時代には、小さいコミュニティの中ですぐに完全に信用失ってしまって、それとなく矯正作用が働いたり、なにかしらの表現に昇華する必要に迫られてたはずの人たちなんですよね。表現者になれるかもしれない人たちだったわけですよ。でもそのままの自分でお手軽に承認欲求が満たせるようになってしまって根腐れしてしまうわけです。それはそれとして、そういう人をあーだこーだ言う井戸端会議的な集まりもインターネットのおかげで全国的なものになったわけだけど、最近なんだかそういうの全部ひっくるめてすんげーアホらしいなと思うようになってきた。たくさんあるはてブ的サービスやまとめサイトとかも、たいていの話題はそういうのなのな。んでコメントしてる人たちも、噂好きでヒステリックなおばさんとか、他人の言うことはとりあえず否定せずにはいられないおっさんみたいなのばっかりで、そういう井戸端会議の輪の端っこで真顔でいるみたいな感じになるんだよね。こういう集まりは大嫌いなのになんで俺はここにいるんだよ?みたいな。