遺書の処分

住む者がいなくなった祖父祖母の家を掃除しに行く。というのはもちろん口実で、何か金目になるものがないかと物色しに行った次第である。しかし、祖母は何年も闘病生活をしていたから、たいていのものは処分されているか、父や親類に贈与されているかのどちらかであった。それでも何か見逃している物があるはずだと思っていたし、今でも思っている。それが廃品回収に出されたりゴミとして捨てられたりするくらいなら、せめて私の小遣いにしたっていいじゃないか。というわけで、せっせと狭い家の引き出しを開けたり閉めたりしているわけである。とはいえやはり引け目を感じる。、クーラーをつけることもできず、汗をかきながら、まるでというかまさにというか泥棒のようにコソコソと素早く動く。風呂場の着替えるところに捨てる予定の棚やら箱やらが積んである。誰かが中身を調べた上で捨てることにした物の山だ。念のためにもう一度引き出しをすべて開けて中を調べてみる。やっぱりゴミしかないか、、、と思いながら筆とかが入ってるプラッチックの小さな棚の一番下の引き出しに入ってた茶封筒の中身を出してみると、遺書だった。金持ちならまだしも、基本的に遺書って孫が見るものじゃないわけですよ。実際見せられなかったし、そんなものがあったことすら知らなかったわけだし。だからその三つ折りの紙切れを開くのには妙な恐れがあったよね。頭に遺書って書いてあるのを見た瞬間、そのまま元に戻そうかって思ったりもした。なんか剣呑なこと書いてたらやだなーとか思ったりもした。でもまあ見ちゃうよね。たいした遺産もないので内容はいたってシンプルなものだったが、親類同士仲良くするように、と葬儀の後の宴会で祖母に近しい親類たちが口々に言っていたことがその通り書いてあった。あ、そんなに仲悪かったんだ、と思ったし、それはばあちゃんにも大いに原因のあることだった。まあね、人が死ぬって、特に大往生だったりするとそうなりがちだよね、と。近所づきあいとか介護とかいろいろあるもんね。連絡ひとつ有る無しとかそういう細かいことが積み重なって疎遠になったりするし。母方の祖母が亡くなった時とかほんと骨肉の争いだったもん。それこそ死者が出そうな。というか祖母なんか長女の夫に殺されたも同然の晩年だったわけだし。ホワホワ〜っとそんなことが頭をよぎる。ていうか遺書ってこんな捨て方していいんか、と思ったけど、みんな遺書ってどうしてる?つーか勢い持って帰ってきてしまったから、私が処分しなきゃいけなくなったわけで、遺書 処分 方法 とかでgoogle検索かけて、誰が書いたかわからん本当か嘘かわからんコピペ記事をいくつか真顔で見て、やっぱ見ても意味なかったなとか思いながら墓前で燃やすのかな。そういや中学生の頃、boonかなんかでこんにゃくオナニーなる方法を知って、近くの幼馴染の駄菓子屋兼八百屋でこんにゃく一個買って、超こんにゃく臭くなったことを後悔しながら切れ目の入ったこんにゃくの処分に困ってしまってテンパった挙句ばあちゃんちの家に隣接する車庫の裏で雑に燃やして処分したらその夜にばあちゃんが「放火未遂や。誰かが車庫でこんにゃく燃やしよった」とものすごい形相で家に駆け込んできて一家騒然となったけど、ごめんばあちゃん、あれ俺や。