それでも生きる理由

祖母は毎週の日曜日の昼に駅前の喫茶店で同窓会というか生存確認会のようなものをしていて、私が車で送っていたのだが、ここのところ祖母の体調が思わしくないようで、先月あたりから行かなくなり、祖父の仏壇があるこじんまりした居間に移動させたベッドで半分寝たきりの生活を送っている。いつ逝ってしまってもおかしくない状態だ。祖母は今年で87だが、母が言うには、10年前の祖母は「90までは絶対に生きるんだ」と豪語していたと言う。時代が変わっていくのをこの目で見たいのだそうだ。母は皮肉混じりに「だからまだあと3年は生きるわね」なんて言っていたが、私もそう思った。祖母は性格がとてもキツく、めちゃくちゃ頑固で、自分にも他人にも厳しく、自分の言い分はなにがなんでも通してきた人だからだ。そうは言っても、自分の足で出歩けるわけでもなく、部屋でテレビを見ることしかできなくなってしまったわけで、リモコンの使い方すら忘れてしまいかけている。自分の意思で満足に排泄もできず、モルヒネ漬けになって、正直、そんなにまでして生きていてもしょうがないんじゃないか、と思ったりもする。それでもやっぱり祖母は90まで生きるのだ。当時の私は知らなかったが、母は昔から相当いびられてきた。母の家庭、つまり私の家族よりも、祖母の兄弟やその家系の方が大事なんだと母の前で怒鳴りつけられたこともあった。当時、主だって祖母の介護をしていたのにである。そんなこんながあって、前よりも負担は減ったが、たまに皮肉をこぼしながらも、やはり母は祖母の介護をやっている。そんな祖母のキッツい気質は父にしっかり受け継がれ、私も不本意ながら人生の節々でそう実感して、その度にとても嫌な気持ちになる。