聞き手がいない

少し前に、脳みそ夫(芸人)と上村亘(将棋棋士)が激似だよと強く訴えたわけだが、そんな上村さんが公式戦であの史上最年少プロ棋士にして最多連勝記録(もちろん史上最年少)を打ち立ててしまった俊英、藤井聡太四段に勝利した。
将棋は現役プロが200人にも満たない狭い世界だが、全員と総当たり戦をするわけではなく、縁がない人とは何年も対戦しないこともザラにあるわけで。
そういう意味では上村氏は非常にツいている。しかも勝利せしめたことは非常に大きい。勝負師稼業とはいえやはり人気商売だから、ネタ的には大金星といってもいい。
この金星は上村亘のドッペルゲンガーである脳みそ夫にとっても大チャンスだ。それはいわば5号機パチスロのチャンスゾーンみたいなもので、短い短いチャンスゾーン中にレア役をありえないくらい重ねることができればワンチャンあるかもよって感じのチャンス。つまりチャンスっぽく見えるけどぜんぜんチャンスではないってこと。あれ?

そんなことはどうでもよくて、私は基本的に聞き手に回ることが多い。話を盛り上げたり、適切に忖度してスムーズに話のオチを促せたりできると嬉し楽しい。
で、これまでの人生を振り返ってみて、普通の場面で普通に聞き手ができる人は普通に少ないと思う。良い聞き手となるともう絶滅危惧種レベルだ。まあ自分がいい聞き手だとは言わないが、もう自分の話しかしないやつばっかりで、隙あらば自分の話に上書きしようとする。なんていうか、即興の会話で偶然見つかったおいしいところを一人で持っていこうとするやつがとっても多いのだ。
まあそれはそれでしゃーないのかな、と思っていた。
しかし先日、とても話したい出来事があって、それは冒頭に書いたような下らないことなのだけど、自分の話しかしないやつってはなっから人の話を聞く気がないんだなってことが哀しいくらいにわかって辛かった。っていうかいつのまにか俺のターンは終わってた。もう相槌からしてヤル気がない。たまには俺の話も聞いてくれよって言うんだけど、そんなこと言っちゃった時点でもうその話をする環境はぶっこわれているわけで。
かといって話をうんうん聞いてくれてるだけで上手いことリアクションしてくれないマグロな人に話してもつまんない。やっぱ渾身の話はちゃんと聞いてくれる人にぶつけたいって思う。
話を聞いてくれる人は貴重な存在だし、良い聞き手はきちんと評価されなければいけない。いつだったか阿川佐和子を聞き手として賞賛する声を聞くことがままあるが、あんなのが評価されているんだから聞き手界はガチで人材が不足していると言わざるをえない。サワコの朝とかマジでヒドいもん。吉田豪クラスの聞き手とか他にパッと思いつかないもんね。スポーツにしても将棋にしても、聞き手に問題があると思うことが多い。これじゃあ司会がお笑い芸人とアナウンサー出身者ばかりになるのも仕方がない話だ。このことに危機感を持ってる人もいなさそうで淋しい。
それはそれとして、自分のことを話したいという欲がいつからか枯れつつあるということに老いを感じたりもするが、よく考えたら自分の話しかしない老人が多く、ボケると間違いなくそうなるので老いの問題ではない。じゃあなんの問題なんだろう。