パチンコにまつわるどうでもいい思い出

秋に降る雨はなんとなく淋しい。

 

 

というわけでパチンコに行った。

何に考えないで一パチでも弾こうかと倖田來未の台に座る。台を選んだ理由は、駐車場でやたらヒョウ柄のケバケバしい軽が目に入り、ダッシュボード上に名刺みたいのが立てて置かれてて、そこに「倖田組」と書かれてあったからだ。

パチンコ屋に日本の縮図がある。もう客の九コンマ九割が五十代以上の男女なの。ヤバい。

いつからかパチンコパチスロにはPUSHボタンってのが搭載されるようになって、演出のふしぶしで「PUSHボタンを押せっ!」とか「PUSH連打!」みたいなのがあるんだけど、その九コンマ九割の人ってのはPUSHボタンをものっすごい勢いで押すのね。必死の形相でベチベチベチベチベチッつってものすごい音立てながら連打するわけ。一回しか押さなくていいのに。なんなら押しても押さなくても結果は変わらないのに。んでプシュンッつって外れるわけ。それがすっごいうっとおしいのね。同じ力で同じ回数頭をしばいてやりたくなるくらいムカつくの。パチンコ屋って基本めちゃくちゃうるさいはずなのに、なぜかPUSHボタンを強打する音だけは別格でムカつく。クラクションみたいにすっごい耳障りなのね。んでそういうのが隣にいたんだんだけど、そのまた向こうのおっさんがとうとうキレちゃって「おめうるせーぞこのやろ」なんつって注意しだしちゃって、でも当のおっさんは「へえ」なんつー何がムカつかれてるのか理解できてない顔して聞いてるうちにPUSHボタン連打演出がきてしまうといきなりバンバンバンバンボタン連打しだして「それをやめろっつってんだバカやろー」なんつって凄まれるっていうのの天丼をなんども見せられた。こちとらはなんか無駄に連チャンしちゃって、確変中にかかる倖田來未の曲をずっと心の中で下ネタの替え歌にして現実逃避。

 

むかーし知り合いに頼まれて、健常者として知的障害者のバイトの補助をするバイトをしてた。数時間その辺を適当に掃除するだけっていう難易度ゼロのお仕事。そのときに一緒だったKくんに、家帰ったらなにしてんの?って聞いたら、ほとんど毎日家族と一パチ(家族で玉共有)に行ってるなんて言われて「うへー」つって聞いてたら、なんか同じ知障の彼女がいて今度デートするとか抜かしやがって、よくよく考えたら障害者年金とこのバイト代(時給ななひゃくえん)合わせたらお前普通に高卒の初任給以上もらってんじゃねーかってなってモヤモヤしたけど、人生満喫してんなーって思った。なんか今までの知的障害者像がぶち壊された気分だった。とくに根拠もなく淋しい生活してると思ってた。

 

むかし西荻窪に住んでたとき。西荻窪には多分今でも駅前にふたつパチンコ屋があるんだけど、そこでたまに今は亡き萩原流行を見かけた。弱チェリーくらいの確率で。萩原流行ってよくテレビでウエスタン調のファッションしてたんだけど、あれ普通にプライベートでも着てて、皮パン革ジャンにスエードのテンガロンハットかぶってふらっと現れるわけ。たぶんみんな「うわっ流行じゃん」ってなってたはずだけど、誰にも声かけられず、みんなと同じ顔で黙々と打ってた。それから少しして、萩原流行がけっこう強めの鬱だったことを知った。とっくに無くなったけど高円寺のガイアで松尾伴内見かけたときはさすがに爆笑した。顔のブツブツが尋常じゃなかった。