タイムリーパーのジレンマ

数百キロ離れたまったくの赤の他人の個人情報を、背筋に冷たいものを感じながら、私は覗いている。


友人が働く運送会社に、別の運送会社からこんな電話がかかってきたそうで

「aさんはそちらに在籍されていましたか」

aは以前、友人と同僚だった。aのありあまるアレっぷりを俺は友人からよく聞いていた。

二十代のaは、親同伴で面接に来たことから、入社前から会社で話題になっていた。

引きこもっていたんだかなんだか知らないが、友人曰く、人付き合いが苦手という印象であった。

人付き合いが苦手といっても色々あるが、aの場合は非常に独りよがりで、なんでも自分の都合のいいように解釈し、自分のことしか考えられないタイプの付き合いにくさみたいなものがあったという。少しおだてるとすぐ調子に乗るので、よくからかわれていたそうだ。

そんなaの運転は非常に荒く、かなり控え目に言って毎月一回は必ず事故を起こしていた。同じ日に二回自損事故を起こしたこともあった。社長はうちで立派に育ててやろうという気があったようで、aには特別に楽な運行スケジュールを組んで、他の運転手から文句を言われながらも根気強く見守っていたのだが、あまりにも事故が多いことと、人身事故を起こしてしまった際のドライブレコーダーに残されていたaのめちゃくちゃな運転態度にようやく会社の危機を感じ、とうとうクビにする決断をした。その時にも親同伴で文句を言いに来た。

それから一、二ヶ月が経過して、会社からaの面影がようやく消えたかという時に、冒頭の電話がかかって来たというわけだ。

どうして仕事を辞めたのかという質問に対して、社長はありのままを話すのに気が引けたらしく、適当に話をでっち上げたようだ。社長は後に逆恨みが怖かったと語ったようだが、ちょうど同じ時期に、会社に対して覚えのない旅館の予約などの確認メールがたくさん入っていたことも、そんな恐怖心に一役買っていただろう。そのいたずらの犯人は未だ判っていないが、誰もが同じ顔を想像したという。

そして先日、友人に事務員から電話が入った。

それはaがその会社に入社したことと、aが乗ることになるトラックの車番を伝えるものであった。

なんでそんなことがわかるんだよ?という私の質問に「フェイスブックに写真載せてたんだって」と返ってきて、私は心の中で思わず柏手を打った。当たり前っちゃあ当たり前だけど、SNSをほとんど使っていない自分には思いつかなかった。

とても興味を惹かれた私は、電話をしながらa名前を入力してみると、同じ名前がいくつか出てきたが、aのアカウントは容易に発見できた。トラックの写真は通りすがりの私には見れない設定になっていたようだが、公開されている情報から、出身高校、AKBと系列のアイドルのファンだということ、父や母、おそらく兄弟と思しきアカウントとフェイスブックでやり取りをしていることなどがわかった。特に父はフェイスブックをよく使っているようだ。父のアカウントを覗くと、友人に一生安泰といわせるほどの、かなりいい会社に在籍していることもわかった。父の直近の公開記事は免許センターで、いくつかの風景の写真とともに、保護者同伴で、と書いてあることから、人身事故を起こしたaの付き添いできているであろうことは容易に導けた。連絡を取り合っているのは父だけのようで、今どこを走っているのかの確認などをしていた。父絵文字を使ったとても優しい敬語の文章に違和感を覚えた。

正直、いい親だな、と思った。子供を心配していることが痛いほど伝わってきた。心が温かくなって気持ちが悪くなった。

と同時に、電話口の友人とは、aは絶対に近いうちに事故を起こすよなと話し合っていた。友人は遅くても一ヶ月以内にクビになるだろうと言う。aの冗談みたいな暴走実話を嫌という程聞いている私にはそれが冗談とは思えなかった。たとえ一ヶ月でクビにならなかったとしても、いずれ必ず大きな事故を起こすと、彼を知るものならみな断言するだろう。

だからこそ、どうしてまたトラッカーなのかが理解できない。どうして親は他の仕事をさせなかったのかがまったく理解できない。子供の自立を応援しようと気持ちは痛いほど伝わってきたが、大きな事故を起こしてしまってからではもう遅い。少し前に同じ職種で散々事故を起こしてクビになったことを知っているはずじゃないか、と。下手したら家庭ごと持ってかれるぞ、と。

例えば近い将来、aがニュースになるほどの事故を起こしたとして、私を始めaを知るごく少数の人は「ほらいわんこっちゃない」と思わざるをえない。我々にとって、これはもう確定事項なのだ。

だからといって、私がaの父のフェイスブックのアカウントに「私は未来から来ました。aくんはこの後大きな事故を起こします。今すぐ辞めさせて他の仕事を探すよう説得すべきです」と切実に訴えたところで、私がキチガイ扱いされるだけで、私の未来が少し不幸せなものになるだけだ。

まだ起こってはいないけれど、私たちは傍観者以外の何者にもなれないのだけれど、この蓋然性MAXの惨劇は回避することができたはずなのだ。

実は、aのフェイスブックのアカウントからもう一つ判ったことがあって、彼は○○オタなのである。この事実は、aがトラッカーに拘る理由としてある程度の説得力を持たせるものだ。それを踏まえて検索にかけてみると、ある2ちゃんねるのスレッドにたどり着いた。そのスレッドは何年も前のものだったが、当時高校生だったaは本名名指しで批判されていた。というよりはキチガイとして認知されていた。aは高校生の時点で、ネットを通じてけっこうたくさんの人に迷惑をかけていたようなのだ。もちろん2ちゃんねるに書かれていることを真に受けるのはリテラシーに問題があるのでは、という意見は重々承知の上で、しかしそこに書かれている内容と、私が知っているaの人となりはなんの違和感もなく合致した。

言いようのない恐怖と興奮を感じながら、ネットに潜ってaの素性を想像する。これは今の時点では私の独りよがりな変態的迷惑行為でしかなく、この事実はこれからどんな未来が訪れたとて変わることはない。私の懸念が現実になってしまったとしても、せいぜい私に自責の念が発生するくらいで、aやaの家族、被害者の人生を襲う不幸を変えることはできない。私が懸念を叫んで惨劇を回避できたとて、いくら蓋然性がMAXだったとしても、変わる前の未来が誰にもわからない以上、それは他人に理解してもらえる類の行為ではないのだ。