マツケン

田舎は夜になるとほとんど人がいなくなる。最近よるさんぽをしているのだが、もう完全犯罪狙えるんじゃないかってくらい暗い。裸になってマツケンサンバで住宅街練り歩いても、せいぜい犬に吠えられるくらいなもんだ。なんなら一節歌ってみせようか。

基本、デューク更家よろしく腰回りに負荷をかける感じで歩いてるんだけど、人が全然歩いてない代わりに車はよく走ってるから、たまに右足を引き摺りながら歩くカイザーソゼごっこに興じる。制限速度オーバーで通り過ぎていく車の乗組員たちに「あ、足が不自由な人がいる」と思ってもらえたら俺の勝ち。

こういうのはやめ時が難しい。普通に戻る瞬間を見られるのが一番恥ずかしいからだ。しかし車相手ならあえてその部分を見せるのも有ると思います。どうせ顔は見られてないし、見られていたとしても次の信号までには記憶から消えているでしょうから。

それはそれとして、本棚を物色していたら谷川俊太郎の詩集を発見した。古本屋の閉店セールで一冊10円だった時にたんまり買い込んできた中の一冊だ。

谷川俊太郎といえば、日本国民が声に出して読むべき伝説の詩「なんでもおまんこ」でおなじみの爺さんだ。

ふーん、と思いながらパラパラめくってたら「マリファナ」という詩があったので読んでみたらもうこの世の終わりみたいな詩だった。他にもパラパラめくって見ると、そういう詩が思いの外多かった。

私にとってのマリファナの世界観はヘンリーダーガーの絵に見るそれのようなものなので、まあ似ているっちゃ似ているのかもしれないけど、まあ正反対っちゃあ正反対なわけで。

とにかく、うへー、と思いながら谷川俊太郎の年齢を調べたら1931年生まれだからもう90近いわけで。それは戦前に生まれ、多感な時期に戦中を生き抜いたということなわけで。

 そのころの日本は覚せい剤が普通に薬局で売られていたけしからん時代だったわけだけど、ということは当然マリファナもお手軽に入手できる精神変容の手段だったわけで、クエスト難度で言ったら高く見積もっても★☆☆☆☆くらいの時代だったはずだ。なんならチュートリアルでこなす程度の難易度だったのかもしれない。つまり、思春期および青年期の谷川俊太郎マリファナを吹かしていたと考えるのが妥当であり、紫の煙越しに激動の時代を見ていたはずなのである。

ところで、精神を変容せしめることを目的とした嗜好物は合法非合法問わずどこの国でも巨大な産業となるくらいには人々に求められているわけだが、この手の薬物を嗜む際に最重要とすべし要素がある。環境である。理性のタガを外したり閉めたり、感覚を鋭くしたり鈍化させたりするようなモノを摂取するわけだから、まずなによりもやるべきことは、目の前の環境や心の状態を整えることなのである。例えば、好きな女と飲む酒、気の置けない友人たちと飲む酒、嫌味でパワハラな上司と飲む酒は、同じ酒でも味から酔いから何から何まで違ってくるということだ。

谷川俊太郎が生きた戦前戦中戦後の時代は、おそらくこれまでの人生の中で最悪の時代だったはずだ。というかあの時代を良かったと思う人は世界を探してもいないだろう。そこには悲惨な現実があったはすだ。薬に溺れる人だってたくさん見ただろう。そんな時代を紫の煙に透かして見るとああいう詩になるのかなと考えると合点がいくし、非常に味わい深いものがある。