バカリズムの脚本を売りにした27時間テレビの雑感

日テレの24時間テレビは良くも悪くも相変わらずだったが、フジの27時間テレビはもう27時間番組としての意義を完全に失っていた。これほんと27時間なの?ってくらいお祭り感が微塵もなかった。

 

まず関ジャニの村上をメインMCに据えた時点で超絶力不足なわけで、面妖な力学が働いたんだなあとしか思えなかった。関ジャニメンバーのロケもグダグダで気も利いてなく、結構面白い人が出てたりしたのにすっげーもったいない扱いでダメダメだった。

 

いきなり余談だが、関ジャニの唯一にして最高のコンテンツは他局の音楽バラエティだ。しかし27時間ではそのような強みが活かせる場面はどこにもなかったし、もともとそんな自力もなかったということが今回の件で明らかになったわけだ。それでも世はこともなし。

 

バカリズム脚本を売りにした歴史ドラマが節々で流されたわけだけど、それって売りなの?っていう。

 

バカリズムは他局の深夜帯で脚本やったりフジの竹野内豊が主演するタクシードライバーのやつの脚本やった時も、なんやかんや話題にしようっていうテレビ局の魂胆がスケスケだったけど、肝心のドラマが面白かったかっつったら全然だったわけで。だから脚本家としてのバカリズムは世間一般では評価されていないのが悲しいけれど現実だ。

 

そんな歴史ドラマはどれも出来の悪い長いコントみたいだった。ネタの部分のなんの代わり映えもしない昔ながらのメソッドもいつも通りだ。落ちも弱く、構成や展開については陳腐にもほどがあり、演出でなんとか今っぽさを醸し出せたくらいだ。

 

せっかく超特番でオムニバスドラマやるんだから、しかも歴史ものですよ、ちゃんとしたストーリーテラーに然るべき対価を払ってしっかりしたものを作ろうとならないかねしかし。漫画家でも小説家でも劇作家でも光をあてるべき人って沢山いるじゃん。知名度がなくてもちゃんと宣伝できる力も時間もあったわけだし、他に先駆けて光をあてるメリットだってあるわけじゃん。そういうドラマの後にスタジオでバカリズムのフリップ芸やったほうがギャップがあってより面白くなってたわけじゃん。

 

そういうのを全部うっちゃってバカリズムをゴリったんだから、ああ制作費を安く上げたんだな、と考えるのが自然なわけで。

 

とはいえ、関ジャニバカリズムをキャスティングが大悪手なのかって言ったらそうとも言えない。関ジャニバカリズムって顧客の属性が酷似しているからだ。関ジャニファンは関ジャニが出てれば、北朝鮮が日本にミサイル撃とうが太陽フレアが地球を破壊しようがチャンネルを変えることはないないし、バカリズムはサブカルクソ野郎御用達のブランド芸人だから、バカリズムファンも彼が出ていればなんでもいいのである。知ったかぶりたいミーハー層にもサブカルブランドは有効だ。そして両者は顧客以外にはリーチできない、という共通点を持つタレントでもある。その漏れた客層をビートたけし1人でもって最大限掬い取ろうじゃないかというのが局の魂胆だろう。

なんだかんだいって結局大御所にすべてのケツを拭かせようというのだから、大胆というか無礼というかなんというか。往年のビートたけしは、たけしのケツを誰がどうやって拭くのかって面白さがあったし、いつまでもそういう存在でありつづけようするところに芸人の矜持を見たりもしたのだが。もう誰もたけしのケツを拭いてくれないどころか、芸能力学の汚いケツをたけしが拭かなきゃいけなくなったんだから世も末である。

ビートたけしは終了間際の自身のバイク事故についての振り返りで、こういう使われ方をすることへの自虐的皮肉コメントをそれと悟られぬようにマジトーンで言ってたから、いろいろ割り切らなきゃいけないことがわかってても、やっぱり諦めきれないところがあるんだなあと思った。