母は三人姉妹で、私が子供の頃は毎年正月に私の父以外の全員が祖母の家に集まって宴会をしていた。

私はその中でも一番年が下だったのだが、高校に上がった頃くらいから、従兄弟たちが社会に出たり進学で県外に行ったりして、自然に集まらなくなった。

ついには私も上京した。十年くらい実家に帰らないで遊び呆けている間に、祖母の家と土地と金は長女の夫に騙し取られた。事業に失敗したそいつは、最初は土下座して金の無心をして、なんて言ったのかわからないけど家の名義を変更するように祖母に頼み込んだ。祖母はそのへんしっかりした人だったが、やはり無下には出来なかったのだろう。

で、なんやらかんやらがあって名義変更などがいっさいがっさい終わってすぐ、そいつの様子が豹変した。祖母に無断で家の改築工事が始まった。もちろんその金は祖母と死んだ祖父の金だ。私の家と次女の家にもそのことが伝わり、話し合いに行くも、まったく話にならなかった。権利書などの書類はすべて法的には向こうのものになってしまっていたし、騙されたと言っても証拠がないからどうにもならなかった。

祖母の物は最低限のもの以外捨てられた。やめてくれと頼む祖母に向かって罵詈雑言を浴びせながら庭に投げ捨てていたそうだ。家の改築が終わった。内装は祖母の部屋以外すべてリフォームされていた。祖母のいる小さな和室だけが工事されないまま残され、荷物はすべてそこに詰め込まれるような格好で積み上げられ、足の踏み場もないくらいだった。

祖母の具合は急激に悪くなっていき、ある時転んで腰の骨を折ってしまいほとんど寝たきりの生活になった。母と一緒になんどかお見舞いに行ったが、あいつと顔を合わすことがないように、玄関脇を抜け、庭を通り、庭沿いの窓から直接祖母の部屋を訪問していた。長女と私の母はさすがに家族なのでそこまで険悪ではなく、あいつがいない時にはリビングで茶を飲んだりもしていたようだ。私も一回だけ茶をご馳走になったことがあるが、久しぶりやねなんて言いながら、なんてことない午後の昼下がりといった風情がとても気持ち悪かった。となりには一気に耄碌してしまった祖母の部屋がある。

三姉妹と次女の家族とあいつとで何度か話し合いをした結果、長女夫妻は祖母が死ぬまで面倒を見るということで話がついた。資産を騙し取ったことについてはやはりわだかまりはあったが、それを言っても仕方がない。縁を切って互いに憎みあって生きていくというのも姉妹的には避けたかったのだろう。私も父も、そのことには納得がいかず、少なくとも決定した事項については、弁護士を介して法的な書類を作成するよう別々に強く進言した。しかし母や次女一家は法的な手続きに抵抗があったようで、受け入れてはもらえなかった。めんどくさかったのかもしれないし、法的な手続きが家族の絆的なものを完全に破壊してしまうように感じていたのかもしれない。

そして祖母の容態が悪化していき、いわんこっちゃない事態に発展した。祖母の面倒は主に長女がやっていたのだが、やはりうまくいくわけがなく、なんども母たちに泣きついてきた。母は祖母のことが大好きだったし、祖母をかわいそうに思っていたし、申し訳なさもあったはずだし、やはり面倒を見ざるをえなかった。そうしているうちに長女がとうとう根をあげて、老人ホームに入れようという話になり、あいつは母と次女一家に金を請求してきた。ここでも半ば喧嘩腰の会合がなんども開かれたのだが、やはり祖母は何も悪くないわけだから、祖母のためならと折れるしかなかった。

老人ホームに入った祖母の容態はさらに急激に悪化していき、一年もしないうちに亡くなってしまったのだが、ここでもあいつが出張ってきた。葬式の金を出せというのである。そこでも相当揉めたのだが、向こうは訴訟までちらつかせてきやがって、やはりこちらが折れることになった。葬式では十数年振りに親類一同が顔を合わせたわけだが、みな何食わぬ顔で、何事もなかったかのように振舞っていた。私たち子供や孫への配慮からなのだろうが、当然みんな知っていたわけで。まあ悪いのは全部喪主のあいつだし、もう祖母は死んでしまったのだから、変な言い方をすればこれでもう全部終わったのだから、という気持ちは全員にあったのだろう。式の後、横のスペースで小さな食事会があり、私はもう形容しようのない複雑な気持ちでテーブルに向かうが、長女一家のあいつの周りだけ誰も座ってなくて、なんか変な気を使ってそこに座ることになってしまって、何にも知らない風な顔をして酌をしたり飲めと言われて素直に飲んだりした。あのことについて誰も何も言わず、私はこういう時は絶対に余計な一言を放って問題を起こすタイプだったが、やはり何も言えなかった。

そして祖母が死んで75日が過ぎた先日、訴状が届いた。あいつは祖母の墓の管理やら葬儀の金やらを払えと言ってきている。

母とあるいは父と次女あるいは次女の夫はこれから法廷で長女夫妻とまたやりあう羽目になってしまった。これまでの経緯から言って、こちら側の分が悪いと言わざるをえない。なんといっても祖母のことだから、だれかが祖母の墓を管理しなくてはならないし、それはやはり三人の娘がやることであり、やらずにはいられないことなのである。

人間長くいきてると、一回や二回は人を殺してやりたいと思うことがあるが、久しぶりに真っ赤な殺意を抱いた。人生でもベストツーに入るほど圧倒的な殺意だ。といっても実際に殺しても全員が悲しい思いをするだけだし、あいつは死に得になってしまう。そんな馬鹿な話があるか。なんとかして肉体的にも精神的にもこっぴどい目にあわせてやりたいと心から思う。死にたくなるような苦痛を長く長く与え続けてやりたい。それが法的に罰せられる行為であろうとも、それによって社会から白い目で見られることになろうとも、それと分かった上で行為に及ぶ。それでもそうするしかなかった、そうしないではいられなかった、ということは世の中にはたくさんあるのだろう。もしもそんな思いで社会の定める罪を犯してしまったとして、その罪について「つぐなう」という考え方ができるのだろうか。悔い改めることを自らの中に見いだせるのだろうか。とはいっても牢屋の中で寝起きし、日中は刑務作業に汗をかく生活というのはそういったものとはまったく別のことで、ただそこにいたくないからそこにいなくてすむように生きなければならないという風にしか思えないだろう。もしそっちのほうが居心地が良いと感じたならば。

などと邪な思いがフツフツと沸いては消えるが、結局は私の母の問題で、私の入る余地などどこにもないのだ。ああ不甲斐ない。やるせない。