トロッコ問題に必要とされない人たち

食人鬼とトロッコ問題と権力勾配 - 読む・考える・書く

なんかJKが描いたツイッターの漫画にダメ出しっていうかとにかく否定したいだけの何が言いたいのかわからない残念なブログがホットエントリしてた。

 

漫画のあらすじは、餓死しかけている少女を食人族が助けてあげるからいずれ食べるよという約束の上で助けて、長いこと幸せに育てられた少女は結果約束通り食べられてしまい、それを知った人間は食人族を野蛮なものとして駆逐するのだが、実は少女は食人族に感謝していたという話だ。少女を助けなかった人間への皮肉的な意味が込められているようだ。

 

最近、小さな鶏の世話をして、大きくなったらその鶏を自ら捌いて食べるという自衛隊のサバイバル訓練があることを知った私はJK漫画に感心した。生き物を殺して食べるのが生き物の宿命だから、普遍的な命題だ。だからツイッターでも受け入れられたのだろう。しかしそれに対して否定的な上のブログは、普遍的な命題であることそのものを問題視している。ちょっと何を言っているのかわからない。

 

さらに頭の悪いことに、Jk漫画を揶揄するためにトロッコ問題を引き合いに出している。んで、トロッコ問題について「こんな問題に答えを出させようとしているサンデルを殴るのが正解だ」なんてドヤ顔していて、賛同するものまでいた。こういう知能指数が植物並みの人が少なからずいることに戦慄。

 

ロッコ問題ほど極端ではないにしても、普通に生きていると、どちらも選びたくないけど選ばないといけない決断を迫られることって普通にあることだ。進学やら就職やらリストラやら恋愛やら結婚やら。もっと日常的な選択だってある。そういった選択によって多かれ少なかれ誰かに迷惑をかけたり、後悔したり、責任を感じて生きているのが人間だ。それは取り返しのつかないことだと簡単に割り切れることではない。罪の意識が消えることはないものだ。ブログ主はそういった経験が乏しいのだろう。

 

選択と責任について考えるのがトロッコ問題だと思う。しかしブログ主はそういった思考実験のための前提を否定して「そんな問題を考えた奴が悪い」と人のせいにしておしまい。要するに俺は責任の伴う選択なんてしませんしそもそも責任なんて取りませんよってことだ。

 

そもそもこの手の知能指数の残念な人にはトロッコ問題を考える必要がないんだよね。こういう自分勝手で無責任な人が誰かに舵を任されることは100パー無いだろうから、と言えないのが辛いところ。ていうかこういう奴が卑劣な手を使って人の上に立ってやりたい放題やって屁こいて逃げるっていうのが日本のよくある風景なのがほんと辛い。

 

だから現実のトロッコ問題的事案ではそういう系の人を犠牲に選ぶのがベターだと思うし、下劣な人間は自分より優れた目の上のたんこぶを犠牲に選ぶものだ。ドヤ顔でJKに絡むのも妬みからなんだろうなあ。