旅行

家を離れてよその土地に行くことを旅行というらしい。

ということは、私は旅行をしたことになる。

しかし、行きたいところがあったわけでもなく、食べたいものも観たいものもしたいこともなかった。そこでなければいけない理由もなく、そこへ決めた理由もない。旅行というのはおこがましい。少なくとも「旅行に行った」と人にはいえない。もちろん観光ではないし、周遊というほど遊んで周ったわけでもない。

というわけで、遠くの地方都市に一週間ほど滞在してきた。といっても上に書いたとおりとくになにをしたわけでもないので、書き残しておきたいような出来事はない。

全国規模の某大手チェーンの雀荘は今までに行ったどの店よりも最低だった。男の店員は全員深爪で、爪をかじりながら麻雀を打つ奴もいた。女もいたが、やたらと肥えた女流プロが一匹いただけだ。豚は飼い主と他の畜生ども以外には懐かないらしい。

何日か宿泊した漫画喫茶では毎夜どこかからAVの音が漏れてきたが、昇天までの喘ぎ声が爆音で5秒ほど轟いたのにはさすがに苦笑した。この時期の朝は、なにもしないでいるには寒すぎる。

その後、別の地方都市に移る。午後一番に温泉に行った。

温泉といっても駅前にある昔ながらの小さな銭湯だ。駅ビルは巨大で、駅前周辺は開発されていたが、駅から1分のその建物だけは昭和の雰囲気を醸していた。

店に入っても番台の婆さんは女湯のばあさん2人と談笑しており、少しして「もしかしてお客さんかい?」といってくるような銭湯だ。客はじいさんが数人いただけだった。

体を洗っていると、私と同じかそれより若いくらいの人が後ろにいることに気がついた。這うようにして移動していた。両足が不自由な人だった。いつの間にか私とその人しかいなくなったので、なんとなくバツが悪くなり風呂を出た。

ロッカー脇には私より大きく膨らんだリュックと両足の膝から下を支える装具2脚と装着式の杖が2本置いてあった。

この後、二度この人を見かけた。駅前の広場で本を読んでいたら、両手に装着した杖をつきながらつんのめるようにして歩く風呂上がりの彼を見つけてしまった。彼は公衆便所に入っていった。

その土地でも私は漫画喫茶に泊まったが、そこでも彼を見た。私の後にチェックインしてきたらしく、フルフラットの席に上がるのに難儀していた。

私もたいがいだが、彼はいったいどこからなにをしにここへきたのだろうか。

帰りは友人のトラックに乗せてもらい500キロほどショートカットした。午前一時前に着いた最寄りの駅は、北に住宅街、南に水田が広がる平べったいところだった。ここでの始発までの待ち時間が一番辛かった。電車に乗る頃には体調は最悪で、家に帰った今でもだいぶ辛い。

移動しながら景色を眺めているとき、旅行をしていると感じた。