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浅田真央に見た超一流の哲学

浅田真央が引退すると速報で見て心が揺らいだ。彼女はフィギュアスケートになんの興味もない私ですら見ずにはいられない神々しさを放っていた。

 

身もふたもない言い方をすれば、トップクラスで戦えなくなったから引退するということだ。まだやれるという自信は持っているだろう。実際まだトップクラスでも十分に通用するだろう。しかしその葛藤を乗り越えて引退を決意したのである。その胸中や、その悔しさたるや、私には想像することすらおこがましい。

 

スケート界を引っ張ってきた自負と後進に道を譲る潔さがなければとてもできない英断に、将棋界の巨星大山康晴十五世永世名人にも通じる超一流の哲学を見た。浅田真央と同じように格闘技の人気を一手に背負い、一流のまま引退した魔裟斗のことが頭をよぎる。何事も引き際にその人の人間性が色濃く表れるのだと改めて思った。

 

トップクラスで戦えなくなったその時にその世界を去るという美学を貫く姿勢に、心の奥底で激烈に滾る青い炎のような凄まじき魂を感じる。もちろん、辰吉丈一郎加藤一二三のように衰えてもなおその世界で戦い抜こうとする赤く燃える魂もまた人間らしくて素晴らしいのだが、彼女の決断とその記者会見に臨む凛とした姿からは、やはり人間を超えた神々しさを感じずにはいられない。

 

つい先日、子供の頃から羽生善治のライバルとして将棋界の最前線を走り続けてきた森内俊之(十八世永世名人資格者)がフリークラス転向を宣言した。トップクラスの棋士の中でもさらに一握りの棋士しか在籍できない、名人への挑戦権を懸けて戦うA級順位戦リーグから陥落したことがその原因である。彼は棋士を廃業するわけではないのだが、リーグ戦から退きフリークラスで将棋を指すということは、将棋界最高峰の栄誉の一つである名人への挑戦を諦めたことに他ならず、これは事実上の引退と言って差し支えない。これもまた永世名人という称号を持つ超一流の人間の誇りであり、哲学なのだ。ちなみに、大山康晴十五世永世名人は69歳で亡くなるその時までA級リーグに在籍しており、亡くなる二年前には名人挑戦権を懸けたプレーオフに進出するほどの活躍をしている。生涯現役ならぬ生涯一流であった。