響かない楽器を弾くことほどつまらないことはない

いろいろあって、私はすっかり変わってしまった。

ここ数日で、遠い土地の遠い過去との思いもよらぬ再会が二つあった。

一つは、自分史上ワーストファイブに入りが確定している、カオスで奇妙で恥ずい思い出なので省略。

もう一つは、再会というほどの関係ではないのだが、向こうが覚えていたようで声をかけてきた。実に十余年ぶり。友人の知人がやっている店に一年ぶりくらいに行ったら、どういうわけだかそこの常連になっていた。いろいろあってこっちに来たんだって。やけに挨拶が仰々しい。私を畏怖していることが伝わってきて理解に困ったが、瞬間、ほんのり記憶が蘇った。

完全に忘れていた人が突然目の前に現れると、不意にテンションが上がる。不安、緊張、興奮、そいつがどういうやつかで、その総量と配分が変わるわけだが、ほとんどの場合その昂りはチョウセンアサガオのように儚い。向こうのテンションの総量は私よりも遥かに強いのが見て取れた。

が、別段仲がいいわけでもなかったので適当に挨拶を済ませた。え?知り合いなの?と方々から声が飛ぶ。それを受けて彼だけがベラベラ喋るのだが、興奮しているため声が大きい。いじめられてたんですよー、と笑顔で彼は何度も吹聴する。私の興奮はすでにキンキンに冷え切っていた。

彼は嫌われていた。当時高校生だったこともあり、礼儀も行儀も悪かった。とはいえこれは誰もが通る道で、若気の至りというやつだ。こいつと出会った昔の店の常連や店員は面倒見が良く、常連になる若者には最低限の礼儀と行儀を叩き込んだ。彼の友人たちもそうだったし、私もそうだった。多少の強引さや理不尽さはあったが、飯と知恵と人脈を惜しみなく投資してくれた。

しかし彼はその話に耳を貸さなかった。自分の思うままに振る舞いつづけた。だから嫌われた。友人たちにも店の人間にも嫌われていた。数合わせの存在でしかなかった。知らぬは本人ばかりなり。そんな下らない思い出が徐々に脳裏に蘇っては消えていった。

だから「いじめた」と言われたことに私は内心腹をたてた。そのことを私のことを知らない他の客にも聞こえるくらいの声で吹いているのも気に入らなかった。共通の知り合いが正月に誰それから金借りてましたとか超どうでもいいことをわざわざ耳元で言うんじゃあないッ!そういう不用意で気が利かないところをずっと注意されていたのに、聞く耳を持っていない彼はイジメられている思っていたのだ。

思えば確かにそうだったのかもしれない。人間、嫌な事ほど心に強く大きく残るもんだ。私は全然仲が良くなかったので、余計そう映ったのかもしれない。なにはともあれ、おぼろげながらも要点だけははっきりと思い出した私は、彼の一言一句が不愉快に聞こえるようになっていた。そしてこの不愉快さを場内で私しか感覚することができないのがとにかくはがゆかった。

彼と出会った頃の私なら、その場で本当のことを包み隠さず暴露していただろう。ブラックラグーンのレヴィよろしく、悪態を一つ二つ飛ばしていただろう。しかし今の私はどうだったか。曖昧な作り笑顔で適当に話を合わせ、軽く受け流すことに心を砕いていた。彼の名誉のことを考えてしまっていた。そんなものがあるのかどうかはさておき、全てを白日の元に晒したところで、彼も私も傷つくだけなのだ。大人になったのか、つまらなくなったのか、どっちもなのかな。とても不愉快で有意義な夜だった。