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お遍路乞食

そんなに寒くなさそうだったので、ひさびさにそのへんを散歩した。

散歩っても道沿いを歩くだけで特に見るべきものはない。はずだった。

あいかわらず誰ともすれ違わないまま店舗が点々とある通りを歩いていた時、ふと小さな鐘の音が聞こえてきた。音がするほうを見ると、眼鏡屋の自動ドアの真ん前でお遍路さんが鐘を鳴らしていた。この鐘は、施してくれー、という意味で鳴らされているもので、四国人は、お遍路さんには厚く遇する習わしが古くからあるわけなんだけど、さすがに開店してすぐの、っていうか眼鏡屋に施しを求めるのって面白すぎるだろと思いながらそっと見守る。とうぜん店内に客は一人もおらずっていうか入れず、開けっ放しになった自動ドアから寒風がビュービュー入り込んでいるわけだが、店員はまるで入り口に誰もおらず何も起こっていないかのようにメガネらしきものを持っては置いていた。スーパーの入り口の隣とかで托鉢をしている人とかは何度も見たことあるけど、自動ドアの入り口をふさぐ形で立って施しを求めている托鉢とかちょっと見たことない。面白そうだから、少し後ろをついて歩くことにした。そしたら、洒落乙な美容院とか不動産屋とか、手当たり次第に店の入り口で施しを求めては無視されていた。なんなのこれ。まだ朝だぜ。お遍路さんは白髪のばあさんで、薄汚れたアディダスの四角いリュックを背負ってなおも歩き続ける。しかも札所への曲がり角を素通りしやがった。来た方角から考えても、このばあさんは巡礼していない。これはもしやお遍路乞食なのではないか。そんなものがあるのかどうか知らんけど現実はいつだって狂っていたのだから、ないと言い切れない以上、あるに決まってるのでる。はあー朝からせつねー。尾行を断念し、ちょうど通りかかった本屋に入ると、すぐあとに髪が腰まで伸びてヒゲがマリオみたいにボーボーで、ぬかるみですっ転んだような汚ったない服を着たどうみても浮浪者の男が入って来た。あまりにも迷いない早足なもんだから、ついついその行き先を目で追ってしまう。男はギャンブルコーナーで一ミリの迷いもなくパチンコ必勝法を手に取ると、また早足でレジに向かった。パチンコかい。ていうか田舎って狭いからこの手のデンジャラスな人って絶対どこかで見たことあるはずなんだけど、ぜんぜん見たことない風貌だった。こんな田舎でさえ、長く生きた故郷でさえ、まだ俺の知らない世界が広がっていることに少しだけおののいた。俺がすでに知っている世の中は、このような見たくない景色にきつく蓋をした、目一杯背伸びした美しい世界なのだった。インターネットが普及して、変なおじさんや変なおばさんが晒されているのを見ることがあるが、灯台下暗しというかなんというか。子供の頃はそんな人たちともなんとなくうまくやっていたものだが、今は厳しいんだろうなあ。などとなぜか変なおじさんやおばさんの肩を持つようなことを考えてしまうのだが、それは憐憫からだけではない。

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