読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

比喩を比喩だと見抜ける人でないと難しい

これ読んでヤバいと思った。ちゃんと言葉にしてみようと思います。

サラリーマンをバカにするステレオタイプの言葉の一つとして、「死んだ魚の眼をしたサラリーマン」とか、「通勤電車で死んだ目をしているサラリーマン」というものがあります。

 

まず、なによりも先に言わねばならないのは、「死んだ魚の眼」ではなく「死んだ魚のような眼」です。これは比喩表現です。比喩表現は誇張や強調のために用いるもので、そのままの意味ではありません。だから、比喩を真に受けて怒っちゃうっていうのは、ちょっと恥ずかしいなーって思います。「死んだ魚の眼をしたサラリーマン」って言われると、なんだかサラリーマン・オブ・ザ・デッドみたいで怖いです。

 

「死んだ魚のような眼」って表現は、ずーっと昔から使われている比喩なわけで、おそらく認知度ランキングベストテンには入ってるんじゃないかと思うくらい有名です。つまり手垢でベットベトで、文学的、詩的表現としてはもう死語と言ってもいいくらいに陳腐化しています。にも関わらず、このエントリーについたはてなブックマークのコメントには、これが比喩だとわかっていない人の真に受けたコメントがけっこうありました。これが一番ショックでした。

 

話は変わりますが、昔サンハウスっていうバンドがいまして、レモンティーって曲があったんですよ。

 

有頂天

有頂天

 

 

シーナ&ザ・ロケッツの前前前世って言えばわかるかもしれないけど、元はサンハウスの曲なんです。まあそれは置いといて、このレモンティーって曲は

 

紅茶にレモンを入れるとレモンティーになるよ。レモンティー最高!

 

という歌詞を延々歌ってるんですけど、これをそのままレモンティーの歌だと思って聞いている人なんているわけないよねって当たり前に思っていたんですけど、上のような反応をみると、あっそうでもないんだなって思いますし、大塚愛さくらんぼって曲も、さくらんぼが何を表しているのかわからないまま「もーいっかい!」なんてノリノリで合いの手入れてる人がいるのかと思うと、それこそ死んだ魚の眼になりそうです。

 

最近炎上した「偏差値40の人にもわかるように」というパワーワードや、有吉弘行が言った「ブレイクするとはバカに見つかること」とか、もっと前だと電波少年の土屋さんも言ってましたね。

こういうバカに向けて何かを説明したり、モノを作ったりしなきゃいけない人って、かなり消耗しそうですね。ていうか誰にでも身に覚えがあるはずだと思います。死んだ魚のような眼をして電車に乗っている人って、そういう人なんじゃないでしょうか。