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「生活保護不正受給者はクズ」ジャンパーを着た小田原市の職員は何も悪くない

やりきれない話

近いから、というただそれだけの理由で選んだ私の母校の制服はクソダサい。雑草を搾ったような色したブレザーに、おじいちゃんが履いてそうなうんこ色したスラックス。靴は白一色。ジャックパーセルすら許されない。そんなクソダサい制服をだらしなく着た高校生の登校する姿は、微笑ましくも恥ずかしい田舎者の思春期のイデアそのものだ。民明書房によると、92%の女子は制服のかわいさで学校を選ぶとのことだが、やはり女子は賢い。己をよく見せるためにすべきことは何か、本能が強く訴えかけるのだろう。

 

そもそも、制服はバフ効果をもたらすためのものだ。士気を向上させたり、視認性を上げたり、もちろんかわいいこともしかり。制服の持つ効果を最大限に引き出すためには、カッコいいほうが良いし、かわいいに越したことはない。だのに我が母校の制服は、着ている者にデバフをかけているようにしか見えない。悪い意味で目立たせるために制服を着させるという行為は、教師や保護者にとっては有効な手段の一つなのだろうが、そこに生徒に対する心遣いは微塵もない。まあ、進学には少なからず自分の意思も関わっているから、じゃあ行くなよと言われれば返す言葉もないのだが。

 

神奈川県小田原市の職員が着ていたジャンパーの不適切なデザインが話題になっている。「生活保護の不正受給者はカスだ」という英文が刻まれた、メッセージ性の強いこのジャンパーには、非常に攻撃的なバフがかかっていることが容易にうかがえる。作り手の生活保護の不正受給者に対する断固たる意思がひしひしと伝わってくる。個人的にはそれはそれで悪くないと思うが、いかんせんやっていいことが少なく、やってはいけないことの多い市の職員である。どこの誰がクレームを入れたかは知らないが、まあ咎められるのは仕方のない。しかし、咎められたからといって、彼らの気持ちが変わることはないだろう。不正受給者は、それほどまでに市の職員に憎まれているのだ。

 

生活保護受給者のほとんどは老人だ。しかし、このことを数字で知っているのと、実際に関わることで知っているのとでは、その理解の差は比較にすらならない。私は、国が主導する、生活保護受給者に対する地デジ化移行工事の仕事を二年ほどやっていたが、一家に一個だけと決められているせいぜい2000円ほどのチューナーを、もうひとつのテレビにつけたいからという理由で、足にすがりついて何度も何度もお願いしてくるおばあちゃんや、「昔にいちゃんとおんなじ仕事してたんだけど、屋根から落ちて働けなくなってね」と屋根に登って工事している私を目を潤ませながら見つめ続けるおじいちゃんを毎日のように見ていたら、知らぬ間に心がひび割れてしまっていた。報われなかった人、運が無かった人、誰かに騙された人、社会はそのような人たちで溢れている。そのような人たちを差し置いて不正受給をする人たちを許せないと思うのは、当たり前のことなのだ。ましてや小田原市では、生活保護の受給をめぐって破傷沙汰がおきている。もはや生活保護に従事する職員にとっては、犯罪者との闘いなのである。

 

生活保護の不正受給者は、全体の数%と言われている。これも数字だけ見ればたいしたことないと思うかもしれない。ちょっと調べればわかるが、生活保護の申請は、消費者金融のカードを作るような簡単な手続きではない。お上によるかなり厳しい審査を通らなければならない。そんな厳しい審査基準を設けているにも関わらず、不正受給があるのだ。それは「数%だから」という理由で軽く見ていいものではない。そして、不正受給は組織ぐるみで行われている。私が以前働いていた大阪の雀荘を出禁になった男がいた。男は毎晩のように飲み歩いていたから、ちょくちょく見かけた。行きつけの居酒屋の女将は、彼が不正受給者だと教えてくれた。根拠を尋ねると、その男に不正受給を持ちかけられたからと語気を荒げた。

 

そんな犯罪組織と毎日のように顔を付き合わせなければならない市の職員の消耗は、知らないものの想像を絶するものだろう。市の職員が生活保護の不正受給者に対してあのような攻撃的な意思表示になってしまうのはそれなりの理由があると考えるのが自然で、その苛烈なまでの憎しみを浄化させるためにしなければいけないことは、彼らを責めることではない。