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ラーメン

東京に住んでいたころは毎日食べていたくらいラーメンが大好きなんだけど、一番うまいラーメンは今でもやっぱる実家のそばの中華そば屋。物心ついたころから通ってるからほとんどソウルフード化しててるのを勘定から差し引いてもベスト5には入る。めっちゃ頑固で怖いオヤジが研究に研究を重ねて満を持してオープンさせた(後から聞いた話)いわゆる熊本ラーメンを出す店で、味は(今はあるのか知らないが)下北沢の光龍に似てる。そんなオヤジもとっくに亡くなって、今はロシアの血がちょっと入った女将と娘の二人で細々とやっている。築40年はあるだろう一戸建てを改築した店はとても狭い。カウンターが6席、その後ろに2畳ほどの4人用座敷がひとつあって、その隣には家庭用スペースの食卓が四畳ほどある。女将はもう痴呆がけっこう進行していて、注文してもうまく聞き取ってもらえないことが多々ある。夢うつつのように漂いながらも、一筋でやってきたラーメン作りは身体に染み込んでいる。行くときは昼の混む時間帯を避けるので、たいていは私ひとりだ。昼の忙しい時間は娘が切り盛りし、この時間は買い出しに出ている。カウンターに座ってラーメンと焼鳥を頼むと、今日は立て続けに来客があった。競馬の話をしながら入ってきたおっさん2人組みが座敷に座りながら焼鳥を五人前頼む。すぐ後におっさんがひとりカウンターにどかっと座る。カウンターのおっさんは座るなり、女将の体調を気遣う発言をするが、女将とは話が噛み合わなかった。やたらチラチラ見てくるなと思いながらラーメンをすすっていたら、ふと立ち上がって私の隣まで来て、「水がぬるいんや」と誰に言うでもなく呟きながら、私の前にあるポットで水を汲んだ。ところで、ここはラーメンも美味いが、焼鳥も超美味い。いわゆるタレでも塩でもない、生姜とリンゴとニンニクと玉ねぎをすり下ろして作ったようなオリジナルソースの焼鳥は、これまでのどの焼き鳥屋でも食べたことのない美味だ。ラーメンを食べ終わったころ、焼鳥がカウンター越しに渡されて、一口噛んで、なんか火の通りが甘いなと思ったとき、「大ふたつお待ちー」と女将がカウンターに乗せた。おっさん4人は顔を見合わせる。カウンターのおっさんがラーメンを後ろのテーブルに運んであげようとしたそのとき、「おい、俺らラーメンたのんどらんで」とおっさん2人が言い出した。「いや、あんたたち頼んやんか」女将は言い返す。「いやいや俺らは焼鳥だけやで、なあ」おっさん2人が困惑し、ラーメンを持ったおっさんも困惑した。私は。そのときのやりとりを思い出そうとしたけど思い出せなくて、ぬるい焼鳥を頬張りながら自己嫌悪に陥っていた。「いやいやあんたたち頼んだやん」鋭くなった女将の語尾には、ぜったいに譲らないという姿勢が現れていた。これはまずいが致し方なし、我関せずを決め込み、焼鳥をパクつきながら、大事になったらどうしようかと思っていたら、「もうしょうがないなあ。ほんなら食べたろか」おっさん2人が折れると、カウンターのおっさんはバツが悪そうな顔をして代わりに謝りながらラーメンを運んだ。麺が繋いだ絆があったから回避できた惨事。マーベラス。と思った私の心に、何事もなくおおらかに済んで良かったなあという安堵、ボケてしまった女将への憐憫、女将の面倒を見ながら独り身でラーメン屋を切り盛りする、婚期をとっくに逃した娘への切なさ、この大好きなラーメンはいつまで食べられるんだろうという不安、いろいろごちゃまぜになった憂鬱が立ち込めた。勘定を支払い、重たい身体を引きずるようにして店を出た。できる限りこの店に通い、お金を落としたい。1日でも長く、ここのラーメンを食べたい。この家族には幸せになって欲しいと心から願う。

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