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アダルトビデオ化したコンテンツしか売れない日本に未来はあるのか

大人になってから、いわゆる萌え系と言われるアニメやライトノベル的というかまあそっち系のアニメを見る機会が増えた。それは寝る時間が遅くなり、深夜にテレビを見ることが多くなったからであり、その時間帯にやっているアニメの99%がそっち系のアニメだからだ。ここ10年くらいで、アニメ、漫画、小説、ゲーム、広告、アイドル、エンタメと言われるあらゆるコンテンツにおけるエロの含有量が大幅に増量した。そして、そういうものが大きな経済効果をあげるようになった。別にエロがあるのがいけないと言うつもりはないんだが、あまりにもあからさまなエロがあふれすぎている。エロが産み出す経済効果のとてつもなさにおののきつつも、創作の自由って無くなったのかなあと思ったり、それほどやりくりが難しくてエロに手を出さざるを得ないのかなあと思ったり。どじょうを美少女化して問題になったり、海女さんをおっぱい強調した服装で萌え絵にしたものを広告化して問題になったり、ちょっと見境なさすぎるんだよな。で、それらはどういうエロなのかって考えてみると、なんの脈絡もなくセックスが始まるような、アダルトビデオ的なエロなんだよな。例えば「艦これ」っていうブラウザゲームが考えられないくらい流行った時期があって、俺も流行りにのってやっていたわけだが、戦艦の美少女化はいいとして、ダメージを受けたら露出が多くなっていくとかお前結局女を脱がせたかっただけじゃねーかと思うわけで、冒険ものにしても、そんなにおっぱい強調したふとももも露出してる防具で守れるものなんてお前の男性に対する下心だけだろうがと思うような、制作陣と客の共犯関係にある露骨なエロ描写が目につきすぎる。グラブルのCMも、女騎士のおっぱいの揺れだけがリアルを超えて表現されているし、ガルパンもまた然り。で、主人公も最初から最強だったり何の苦労もなく問題が解決して手柄独り占めになったりするいわゆるチートものばっかりなわけで「今の読者はそういう主人公に感情移入するんだ」的な言説をよく見るけど、それって感情移入なのかしら。俺が感情移入するのは、負けたり悩んだり協力したり裏切られたり色々なことを経験しながら成長するようは主人公なんだけど、なんでかってその難局を自分の経験に重ねて見ているからなわけで、生きている以上、つらいことから逃げられるわけじゃないってことは誰だって子供の頃からイヤというほど分からされているわけで、だからこそその困難に立ち向かうキャラに感情移入できるし、ていうか感情移入ってそういうものなわけじゃん。なんの苦労もなく最初から最強で困難が向こうからベクトルを捻じ曲げるようなご都合展開に乗っかったままの主人公にはなんの魅力もないわけで。たまにある熱いシーンも後悔だったり、反省だったり、全部過去の自分語りで、そこに受け手の感情をくすぐる要素を感じることはあるが、なざかそれで問題が解決してしまうという超展開しかなく、物語的な必然性というものが全くないわけで。そういうキャラに感情移入してんのか憧れてんのか羨ましがってんのか知らんけど、はっきり言ってAV男優にそう思っているのとなんも変わらないわけで、なんの脈絡もなく好みの女が現れて言うがままにエロいことをしてくれる的な展開があったらいいな〜と思いながらシコってんのとなんも違わないわけ。もちろんそれが悪いってわけじゃない。誰だってオナニーぐらいするし、妄想だってする。みんなエロいことがしたいわけですよ。若いならなおさら。で、そういう願望を思いっきり満たしてくれるようなコンテンツがあらゆるところで見られるようになって、コンテンツとエロが切っても切れない関係というか奥までズッポリ出し入れされちゃってるようなものが至る所で陽の目を見て、金が儲かるもんだから後に続けとばかりに同じようなAV的なコンテンツが量産され、それは紛れもなくエロコンテンツなのに、そこに触れないようにしている現状を見ると本当にこれでいいのかと思う。