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井森美幸は両生類

部屋の壁に小さな爬虫類を見つけた。これがヤモリなのかイモリなのか、いつもわからなくなる。家を守るのが、、、という言い伝えを覚えてはいて、だからイとヤのどちらかは家を表す意味なんだろうという覚え方をしているのだが、家(イエ)だからイモリのようにも思え、家(ヤ)だからヤモリのようにも思える。調べてみるとヤモリが正解で、イモリは水辺に住む両生類とのことだった。どうせまた忘れてしまいそうだから「井森美幸は両生類」という語呂で覚えることにする。

 

こんな感じで、わたしは似て非なるものの覚え方があまりうまくない。中でも、西と東を覚えるのにはとても苦労した。今でもとっさに西と東を聞かれると即答できない。今では自動化されているところが多いが、麻雀でもよく起家マークを逆に回していた。方向感覚が鈍いわけではない。北はどちらかと聞かれたらすぐに指し示すことができるし、知らない土地でもなんとなく北がわかるくらいの方向感覚は持っている。しかし、北から見てどちらが西でどちらが東かということを感覚的にわかっていない。わたしはそれを字数で覚えた。頭の中で、「にし」と「ひがし」を「みぎ」と「ひだり」に置き換えて、2文字と3文字、3文字と2文字というふうに、字数をあべこべに線でつないでいるのだ。わたし(北)から見て「みぎ」が「ひがし」で「にし」が「ひだり」となる。わたしにとってこの覚え方が一番しっくりくる。

 

書いていて気がついたが、わたしは「みぎ」と「ひだり」を体で覚えている。意識することなく、右と左を使い分けている。どうやって覚えたのか説明できない。子どものころは右と左がわからなかったし、覚えようとした記憶はあるが、そういう話ではない。わたしの右と左の概念は、わたしの記憶の棚のどこにどのようにしまってあるのか。これがまったくわからない。説明できない。「こっちが左だから左です」としか言えない。西と東についても、このように体で覚えている人がいるのだろう。そう思うと劣等感を感じる。

 

小さなイモリを捕まえた。ヤモリだった。壁に張り付いているヤモリに棗のようなカップをかぶせて、蓋ではさむようにしてカップの中に捕らえた。ヤモリがキューキュー鳴いているので何かと思ったら、閉めたフタから顔だけ外に出ていた。歯のない口をパクパクさせている。指で触ると噛みついてくる。口の中を観察していたら、上顎の部分が黒く膨らんでいて、それは眼球のふくらみだった。皮一枚隔てた眼球のすぐ下に口があるのだ。口の中を怪我したら、ただちに目がイかれてしまうかもしれない。ヤモリの指は5本あり、人間のような形をしている。指先は少しふくらんでいて、このぶぶんで壁に張り付くのだろう。精巧なんだか雑なんだかよくわからない作りだった。

 

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