死体農場を読みながら

つまらない小説を読んだときの徒労感がはんぱない。

小説を読むということに抱く敷居の高さは、この一点に尽きるのではないか。

 

小説を読むとき、その文章の意味を考えたり、からくりを考えたり、知らない漢字を調べたり、心情に思いを馳せたり、いろいろなことを考えながらその文章に接するわけだが、それにはちょっとどころではないくらい時間がかかるし、疲れる。

 

一言一句読み逃すまいと丁寧に読んでみても、あるくだりが本編について全く関係がなかった、ということが思った以上に多い。それがトリックの伏線だったり、人物に深みを持たせようとするものだったりするのならまだわかるのだが、それが腑に落ちないまま終わってしまうのも歯がゆい。それだけならまだしも、その文章が非常に読みにくかったりすると、もう読む気にもならない。それなのに、もしかしたら、という淡い願望のような貧乏症のような意識が働いてしまい、なんだかんだで結局読み進めるのだが、そういう作品は必ず、やっぱり読まなきゃよかった、と後悔する。

 

最近読んで一番イラッとしたのは「虚空を虚しく空回りする」という表現だ。同じような意味の言葉を三連続で繰り出すくどさに心から辟易した。これはプロローグの冒頭に出てくるのだが、やはりもったいない精神が発動して読み進めてしまった。読み終わって開いたままの本をそのまま投げ捨てたのは、リアル鬼ごっこ以来だった。それからしばらく、本を読むことすら嫌になってしまった。ここまでダメージを喰らうのは、小説を読んだときくらいなものだ。

 

そういうことのないように、賞レースがあるのだと思っていたが、上記の糞小説は、賞レースで大賞を獲った作品で、あろうことか数十万部も売れている。あざといくらいにテレビドラマ化を意識した物語だったので、それが受賞の理由だったのかもしれないが、いまのところドラマ化はされていない。とりあえず、賞レースものだからといって、信用できないということがわかった。そういえば某俳優の出来レース騒ぎもあった。

 

そんなことがいくつかあって、いつの間にか、物語の本筋中の本筋以外の描写を流し読みするようになった。本を読むスピードは上がったし、意味がわからなくなったということもない。そのかわり、本を読むことがあまり楽しくなくなった。もちろん、面白い本であればその限りではない。しかし、流し読みすることで、その面白さを読み逃してしまっているのではないか、そんな風に思うことがある。それでも、真剣に読んで後悔するあの徒労感を思うと、どうしても本筋から外れた描写が始まると、目を滑らせようとしてしまう。

 

花村萬月が、ブログだか何かの本だかで「小説に余計な描写は一つもない」的なこと言っていて、なるほどと感動したのももう昔の話。そのころは、一行一行を真剣に読んでいたし、それで物語に没頭できた。読まなきゃよかったなどと、そんなことが頭をよぎることもなかった。

 

ところで、立て続けに本を読んでいると、この表現さっき見たな、みたいなデジャヴ感を覚えることが多い。今読んでいる「死体農場」に、性行為中に女性の首を絞めると大変具合がよろしい、的なことが書いてあって、このくだりは、最近読んだ本もいくつかにあった。猟奇的な犯罪ものや、バイオレンスな内容の小説には、たいていこのくだりが出てくる。それだけでなく、テレビ番組でも、映画でも、いろいろなところでこのくだりを見る。

 

 

死体農場 (講談社文庫)

死体農場 (講談社文庫)

 

 

 

改めて考えてみると、かなり陳腐化した描写だと思う。覚せい剤を性器に塗ったくるくらい手垢のついた表現だ。これは、強姦するような狂った人間が、さらなる性的快感を高めるための凶行なわけで、死体農場は1994年に発行されているわけだから、少なくともそのころには、そのような行為が性的快感を高めるために有効だということが知られていたわけで、まあそれよりももっと前からそういう事例はあったのだろう。

 

わたしの友達も、同様に行為中に女性の首を絞めることの良さを教えてくれたことがある。もちろん、友達の場合はプレイとしての合意を得た上での行為なのだが、おそらく女性側も、ある種の快感を得ていたことだろう。死体農場に出てきた死体も同様に、椅子に座り、天井から吊り下げた縄で首を絞めて、女性ものの下着をつけてマスターベーションをしていた死体が発見された。首を絞めると頭への血の巡りが悪くなって、恍惚状態になりやすくなるのだという。そして射精の際に椅子から落ちた拍子に、死亡遊戯になってしまったと考えられている。しかしまだ5分の1くらいしか読んでおらず、その真相は明らかになっていない。

 

それはさておき、性的興奮を高めるやり方として、猟奇的な犯罪者を演出するにあたって、もっと他の表現はないのだろうか。わたしがこれまでに読んだ本では「行為中の首絞め」以外の描写には出会えていない。まあ最近の本は全くと言っていいほど読んでいないので、何か新しい表現が生まれているのだろうか。脱法ドラッグを使った表現はあるだろう。そういうAVもあるくらいだし。というかAVは全てを網羅しているのかもしれない。縛りもの、レイプもの、強姦、痴漢、対多数、コスプレ、スカトロなどなど。首絞めもおそらくあるだろう。

 

性行為における肉体的精神的な快感を高めるためのあらゆる手法は、映像化されているのかもしれない。ある意味凄まじく、ある意味恐ろしい。そう考えると、自分はどんだけノーマルなんだと忸怩たる思いに打ちひしがれるのだが、知らないだけ、やったことないだけ、知らないふりをしているだけ、やってはいけないと思っているだけで、きっかけさえあえば、誰もがある何らかのアブノーマルな趣向にハマってしまうんだろうと思う。そういえば体を側溝に収めて、蓋の隙間から外を覗いていた強者もいた。彼は一度、同じことをやって逮捕されていた。ま、性的な趣向は人それぞれなんだけど、わたしが一番興味を惹かれているのは、飲み屋で会った若者が話してくれた耳栓プレイだ。女性に耳栓をするだけなのだが、これが女性にとても好評なのだという。

 

死体農場はめちゃくちゃ面白いし、これからも面白そうなのでちゃんと読もう。

 

 

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