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どんな人が理想論や抽象論に陥るのか?

やりきれない話


☆☆ 質問はここから ☆☆
我家は永江さまのお陰でコピーライター教室に通い、熊本へふるさと納税をし、Panasonicのカメラを購入し(我家ではインスタ専用カメラと呼んでいます)…なんだかすごくお金を使っていると気づいた今日この頃ですw
本日は久々の質問になります。今回は少し歪んだ考え方かもしれないので、採用していただけるかわかりませんが質問します。
選挙が近づくと共に、相変わらず放射能だとか安倍嫌い(三宅洋平支持)とか陰謀説など、そういう話がSNSで回ってくるのですが、我家の間でいつも話に出るのが
「美術系・芸術系の人ってそっち方面(放射脳など)が多い?」
という話です。私はそこそこ名のある美大出身で、卒業してからデザイナーとして働いているのですが、旦那は外資系コンサル職。やはり周りにいる友人達も毛色が全くちがいます。そんな旦那にはよく「君も僕と結婚してなかったら、ぜったいそっち系にいるよね」と揶揄されて腹が立つのですが、確かに旦那に比べて私の周りではそっち系の内容をシェアしている人が多いイメージなのです。
美大出身だったり、イラストレーターだったり、デザイナーだったり、ミュージシャンだったり…何か相関関係があるんでしょうか…?
☆☆ 質問ここまで ☆☆

 

この質問に対しての永江さんの見解は、明確に相関関係はあるとのことです。
以下、理想的、抽象論 VS 現実的、具体論と分けて、美術系、芸術系の人たちを前者にカテゴライズしていたのですが、どうにも納得がいきませんでした。

 

美術系も芸術系も学問


美術系も芸術系も、学問として体系化されており、それらの職業に就く人はたいてい、美術的な知識や芸術的な技術を教える学校で専門的な体系教育を受けているわけです。学問である以上、そこには昔から受け継がれてきた技術と洗練された理論があるわけで、それを学ぶことは、表現に対する現実的で具体的なアプローチです。ですから、その作品がいかに理想を追求したものであろうが、抽象的であろうが、その下地には現実的で具体的な学問の土台があるわけです。素人目には突飛に見える絵画でおなじみのピカソのデッサンが超絶に写実的であるように、申し分ない基礎技術を身につけてはじめて、常識を覆すような表現や、抽象的な表現ができるようになる、というわけです。子供がいたずらに線を引いただけでは、それは美術にも芸術にもならないのです。


ある漫画家の現実的で具体的すぎる日常


ところで、浦沢直樹さんがホストをつとめる「漫勉」というテレビ番組がありました。この番組は、ゲスト漫画家の(執筆しつづけるだけの)一日を余人を交えずに撮影し、後日ゲストと二人で見ながら対談をする、という番組だったのですが、東村アキコさんの回が衝撃でした。絵描きを目指していた彼女は、金沢美術工芸大学に進学したのですが、彼女は、毎日毎日ひたすらデッサンをさせられていたそうです。来る日も来る日も目の前の対象に一日中向かい続け、それをひたすら書き続ける日々があったそうです。それは、目の前の対象をできるだけ正確に描くためのものでした。東村さんは、このような超がつくほど現実的で具体的な修行とも言える経験を経て、のちに漫画家として頭角をあらわすことになるのですが、そのときの経験をとても大切なものだったと語っていました。

上記のように、美術であれ、芸術であれ、理想論や抽象論だけではなにもできないということがわかります。現実的で具体的な手法によって培った基礎があってはじめて、理想や抽象を表現できるのです。そしてこれは、どの仕事にも言えることではないでしょうか。


なぜ、あっち系にいってしまうのか


では、三宅某はなぜあっち系にいってしまったのか?という話ですが、それはもう美術系とか芸術系のような学問的な分野でくくるような話ではなく、その人の現在の状況や生き方に関わってくる問題ではないかと思うのです。個人的には、彼があっち系にいる理由は、学問的ではない部分における、とても現実的で具体的な事情によるものではないかと想像します。ありていに言えば金、地位、名誉、自己顕示欲みたいなものです。あと、これは自分にもおおいに覚えがあることなのですが、他者からの評価に満足できない、自分が不当に評価されていない、という思いを持つ人が、理想論や抽象論に陥りがちなのではないかとも思います。何事も、極めるためには具体的な修行を継続していかなければものになりません。現実的な困難との直面も避けられません。そして、ほとんどの人は、その過程で挫折してしまうか、夢と現実との間に折り合いをつける必要を迫られます。道半ばで倒れると、必ず理想論や抽象論が微笑みかけてきます。その誘惑を振り払うことができなかったとき、あっち系にいってしまうのではないかと。まあ、表現者として生活していくのは、主に金銭面で苦労することがほとんど確定しているので、そういった意味では相関関係があると言えますが、書いてて耳が痛いのでもうやめますw