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スナイピングチンパンジー

本日午後、仙台でチンパンジーが逃げ出したとかいうほのぼのニュースを受信。電線を「うんてい」の要領で移動するチンパンジー映像を見ていたわたしの心のスナイパーライフルはすでにターゲッティングが完了し「とっとと指示をよこせ!」状態だったんだが、次の瞬間、バケット車に乗った作業員のおっさんがまさしくスナイパーライフルを構えだして思わず羨望。それくらいGTA5にハマってる(いまさら)。

わけなんだけど、わたしは誰に似てるかって、トレバーってことになる。昔、トレインスポッティングの誰それに似てるって言われたことがあって、トレスポは見たことがあったので、誰だよ?誰にも似てねーよって言ったんだけど、突き詰めていくと、ジャケットに写ってる坊主の白人だった。もちろん白人のような目鼻ピーンな顔つきではないのだが、要するにそいつは雰囲気が似ていると言いたかったわけで、わたしはそんなやつだったのである。

このように、人に対して「似ている」と思うときに、それが容姿である場合と雰囲気である場合があって、「似ている」と判断する場合は、どちらも必要な要素だと思う。個人的には、容姿よりも雰囲気もほうが「似ている」ためには重視されると思っている。モノマネ芸人を見ているとよくわかる。素人と玄人の違いは、雰囲気を似せようとしているかどうかだ。だから、容姿だけを見て、誰それに似ている、と言うような人は、人を見る目がないのではないか思うこともあるのだが、しょせん主観の話なので考えていても仕方がない。

しかし、シャブのシの字も知らないのにシャブ中に似ていると言われたのは非常に心外だったのだが、過去にも何度かそういう人に間違われたことがあるので、悲ししことに、すでに慣れていた。仕事先で別の会社のサモハンキンポーみたいなやつにデマを飛ばされたこともある。で、そういうデマを流されると、その誤解が解けることはほとんどない。まさか取引先に「わたしがシャブ中という噂が流れているようですが」なんてこと言えるわけもなく。また、相手にしなくても、どこかでそういう目で見られたりもする。「火のないところに煙はたたない」などというが、現実は理屈ではできていない。火のないところに煙を立てようとするやつは、どこにでもいる。これも主観の話で、本人が火と認識してしまえば、そこに煙が見えてしまうものなのだ。そう信じたら、もう終わり。それこそ射殺するしかない。もちろん心のライフルで。

ようやく操作にも慣れてきて、いよいよ佳境!というところなのだが、とにかく警察がウザい。そっとしておいてほしいのに、事あるごとに出動してきやがる。ウザすぎて気軽に銃を乱射する気にならない。つくづく犯罪っていろいろとめんどくさいよなあ、やめとこ。。。って思うよね。いやしたことないんだけどさ。チンパンジーだってそれがわかってりゃあおとなしくしてたんだろうけどねえ。むしろ殺して欲しかったのかもしれんね。そこまで哲学的じゃないか。


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