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彼岸

なんともいえない話

暑さ寒さも彼岸まで、などと申します。

陽射しは明るく暖かく、吹く風はさわやかで心地よく。住まいから見える山々が、ぽつぽつと桜色に染まっております。春爛漫でございます。みなさま、いかがお過ごしでしょうか。

彼岸というのは仏教用語でございまして、春分の日秋分の日を中日とした一週間を指します。世の中は、花見やら就職やら進学やら、なにかと忙しい時期ではございますが、彼岸と言えば、忘れちゃいけないのがお墓参りでございます。

わたしの家族は、父方と母方の祖父が亡くなっております。
そんなわけで、両祖父のお墓参りにいってきました。

父方の祖父のお墓は、家の近くにあります。地区の自治会が管理している四、五十世帯分ほどの小さな墓地は、山を切り拓いて作ったニュータウンの端っこにありまして、そこは、わたしが生まれる前から墓地でした。数年前、お墓の前に老人ホームが建ちました。どこでもそうだと思いますが、墓地の一画は水場になっていて、アルミのヤカンやひしゃくが並んでいます。墓を磨いたり、花を供えたりするので、水が必要です。数年前から、水場の隣には、小さな看板が刺さっています。看板には「この水道は近いうちに使えなくなります」という内容が理由とともに書かれています。なんでも、自治会内で「このお墓を利用していない人も水道代を払わなければいけないのは不公平だ」という意見が出ているようなのです。そして議論の末に、水道を止めようか、という話になったとのことでした。こうした理由まで丸ごと書かれている看板は、他に見たことがありません。書いた人の無念が伝わってきました。水道代など高が知れているわけですが、「自分が使っていないから」というだけの理由で支払いを拒否する人たちが少なからずいることがとてもショックでした。この理屈でいくと、たいていのことには自治会費を使えなくなります。自治会は何のためにあるんだよ。世知辛い世の中になっちまったなあ。そんなことを思いながら蛇口をひねると、勢いよく水が出てきました。山の対面の二百メートルほど先には、鉄骨がさびついた工場と、山を切り開いたささやかな住宅街が広がっています。子供の頃から変わらない景色ですが、人影はどこにもありませんでした。

次に、母方の祖父のお墓参りに向かいました。そちらのほうは、車で三十分ほどの市街地の外れにあります。こちらのほうは、お墓のためだけに山を切り拓かれており、市街地が全て見渡せるほど高い場所に、何百世帯ものお墓が広がっています。お墓は市が管理しており、管理費を払っています。三畳ほどの区画に分けられたお墓は、掃除が行き届いており、もちろん水場もあります。トイレもあります。水場に向かうと、そこにはおじいちゃんがいて、「こんにちは」と声をかけてきました。わたしも挨拶を返しました。お墓参りに来ている人は、そのおじいちゃん以外、見かけませんでした。山の下の方では、さらにお墓を増やすための工事が行われていました。

帰り道、「地獄の沙汰も金次第」という言葉が、頭の中でぐるぐるまわっていました。

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