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薄っぺらい論争について一言


「旅で人生観が変わった」という人は薄っぺらい。
と言っている人がいた。

彼女は、自身が世界一周旅行をした経験から、このような見解に達したようだが、わたしは、彼女は旅行をしていないのではないか、と思う。なぜなら、彼女は、その旅行記を出版しているわけで、彼女の「世界一周」は、本を出すことを前提に行われたものだと考えたからだ。それは取材であり、出張である。何事も、それでお金を稼ごうとすると、「どういう内容だと売れるのか」「何が求められているのか」ということを考えざるをえないわけで、終始そんなことを考えながら各地を回っていたのだろう。

関係ないが、なにやら大学を卒業してキャンピングカーで全国を走り回ろうとする人もいるらしいが、これも同様に旅ではなく、取材であり、出張だ。

わたしの知り合いのフリーの編集者が、某八十八ヶ所を紹介する記事を書く仕事を受けた時、それは帰省も兼ねたもので、むしろ帰省目的の受注であった。日中に車で数カ所回って、夜の飲み会に間に合わせるために帰って、また次の日に車で数カ所回るという、弾丸ツアーとすら言えないような手抜きと思われる取材計画を立てていた。それでもこれまでフリーでやってきたプロだから、及第点の仕上がりにはなるのだろう。フリーの編集者とは、それくらいの力は持っている。しかし、果たしてそれでいいのだろうか、とわたしは首をひねった。それが面白いかどうかは読み手が決めることなので難しいし、面白いものが求められているのかどうかもよくわからないが、少なくとも、その取材が楽しいものになることはないだろう。締め切りのある仕事だから、まずは間に合わせることが一番だということはわかるし、編集者の忙しさはわたしもよく知っている。フリーの編集者にとっては、こんなことでもしなければ絶対に帰省はできない。もしかしたら編集部の温情だったのかもしれない。

何が言いたいのかというと、これらは全く同じことであり、それは旅とは全く違うものだということだ。旅がなんであるのかというのは横に置いといて、要するに、お門違いのいちゃもんなのである。とは言っても、別に仕事だからと言って人生観が変わらないとは思わないし、「人生観が変わった!」と言う人が薄っぺらそうに見えるのもわかる。そういうことは、むやみに人に言うことじゃないから。

ちなみに、インド旅行から帰ってきた友達は、マリファナを覚え、モード一辺倒だった服装が真っ黒い布を全身に巻きつけたような格好に変わっていた。言われるまでもなく、彼の人生観も変わっていた。