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わたしのバーの楽しみかた

くだらない話
若くて美人の女性が一人でやっている、ちいさなちいさなカウンターバーに通っていました。美人、というのがわざわざ立ち寄る理由となることはいうまでもありません。なによりわたしが惹かれたのは、若い女が一人で、というところなのです。そもそも、若い女性が一人で飲み屋をやっているってことは、美人じゃないわけがありません。なんでこんなうら若い女が一人でこんな場末に店を?開店資金はどうやって貯めたのか?客と懇ろになってたりするのか?などと、曇りがかかった過去への妄想を勝手に膨らませながらグラスを傾けるのに、隠微な楽しみを覚えるのです。その外見の麗しさと、寂れた町の片隅でひっそりと営むボロ小屋のギャップに、股間から電子音も鳴るというものです。その若い美人がわたしを惹きつけてやまないのは、その外見ではなくその影の部分なのです。夜を彩る女性たちは、例外なく影を引いているわけですが、光が強いほど、その影は濃いものになるのです。背後に伸びる影の濃さは、その女性がとても魅力的であることを表しているのです。といっても、別に口説いてやろうというつもりはなくて、白状すれば、そういう願望もひそかに、ほのかにゆらめいてはいるのですが、ここだけの話、深入りをしてもあまりいいことはありません。夢心地は、夢の中でしか味わえないのです。そのへんは割り切って、儚い妄想や一夜のときめきを楽しむことを、乙なもの、としております。真夜中の、うらぶれた路地裏に咲く一輪の花に、うたかたの夢を見るのです。店内においては、もちろんわたしはそんなことはおくびにも出しやしません。もしかしたら、感づかれているのかもしれませんし、密かに誘っているのでは、と思われているのかもしれません。ほんとうのところはどちらでも、どうでもよいのです。カウンターを隔てて、安いウイスキーをあおりながら、お互いに心模様を悟られないように、ほんとうのところはぼかしたまま、他愛のない会話をやりとりするのです。思春期に教室の後ろから意中の女生徒を眺めているような、互いの好意を心の奥にひそめて与太を飛ばし合うような、手が届きそうで届かない、届くのだけど伸ばさない、その距離感を楽しむのです。決して超えることのできない、超えてはいけない隔たりを互いが自覚しつつも、さもその存在がないかのように振る舞うのです。思いやり、猜疑心、葛藤、諦め、そして、夢。なにひとつ満足できない人生に積もった澱を、酒の中に舞わせるのです。

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