イケダハヤトに心酔して目を覚ました人がdis記事を書かない理由

イケダハヤトがnoteに活動の拠点を移したことが、にわかに話題になっている。

中には、disるために、彼の面白コンテンツを買う人まで出始めた。
まあ読むまでもない記事なんだろうけど、それは好事家としての矜持なのか、イケダをdisることが注目を集めるからやっているのか、動機はさまざまだろうが、dis記事のほうが面白いかどうかはまた、別の話なのである。

さて、このところのイケダハヤトに対するdis記事の多さに、わたしはある疑念を持った。

イケダハヤトをdisる記事は多いが、彼の信者が改心した、という記事がないことだ。これはおかしい。

これは上記のように、あらかじめ彼の情報に価値を見出していない人が、それを確認するために面白コンテンツを買って、やっぱりクソでした。と報告するような人のことではない。

彼の商売のやり方に、哲学に心酔してお金を払っている、払っていた人が「やっぱりあいつのやってることはおかしいよ」と魔境からの帰還した人のことである。

彼のやり方に賛否両論があるのは当然のこととして、信者のみんながみんな、徹頭徹尾彼を慕い続けるなんてことがあるわけがない。どんなに優れた宗教家でもそんなことはできない。だから、彼に貢ぎ続けた人の中から、彼のやっている欺瞞を暴くような人が出てきてもおかしくはないはずだ。むしろ出てこないとおかしいのだが、わたしは寡聞にして知らない。イケダ家の内情を知っている人からの謀反などが起これば、それみたことかと盛大に騒がれるはずだ。しかし、彼がネットで踊るようになってからこれまで、そんなひとはいなかった。

これは憶測だが、いまはてななりなんなりでネットでブログ活動をして、ちっとは名のしれた人の中には、彼にお金を払っていた人が少なくないと思う。なぜなら、彼らはネット飯を目的にイケダハヤト道の門を叩いたわけだからである。ネット飯に活路を見出し、ノウハウを学んだわけだから、ネットのどこかで活動しているはずなのである。しかし、そういう人がノウハウを具体的にバラして追い込むようなマネをしているのを見たことがない。現在認識できるイケダハヤト否定派は、最初から否定派なのだ。

彼が本当にくだらない情報商材で荒稼ぎしているのなら、そういう人がいなければおかしいのである。彼に心酔し、多額のお金を投じ、それが全くの無駄であったと反省し、彼を憎悪する人がいなければおかしいのである。どうしてそういう人が出てこないのか。

そんなひとはいないのか?

彼のサロンに入って、情報を買って損をした、という人はいないのか?

顧客満足度100%なの?

いやいや、それはない。だからそんなひとはいない。

たぶん、恥ずかしいからなんだと思う。「わたしは彼のサロンに入って、これまでに〇〇万円使いました」とネットで自己紹介するのが、底抜けに恥ずかしいんだと思う。そんなことがネットに広まるのが耐えられないんだと思う。だから彼の否定派は、最初から否定派なんだと思う。仮に彼に金を支払っていても、それを言えないのだと思う。

彼を詐欺師とは言わないが、一般に、詐欺にだまくらかされた人は、その事実を隠そうとするきらいがある。「じぶんは詐欺にひっかかって〇〇万円イカレました」とは、大きな声で言えないのである。それは、じぶんの知性や信用を著しく毀損するからだ。なんだかんだ言って、金をドブに捨てたことを認めるわけにはいかないのだろう。

だからこそ、上記のように「イケダハヤトの有料記事を買って読んだけどやっぱりクソでした」っていう記事がでてくるわけで。あらかじめ「クソとわかった上でクソを買ってますよ」という文脈があるから、本人のプライドが保たれるわけである。

まあ、イケダハヤトに限った話じゃないんだけどね。そんなノンフィクションがあってもいいんじゃないか。