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コロッケが アンドロイド化 する未来

くだらない話
コロッケの顔がなんだかアンドロイドじみてきたように感じる今日この頃。思えば、ロボットダンスを取り入れたモノマネを開発したのはコロッケだった。力仕事をする人に筋肉がつくように、ものを近くで見ることが多い仕事の人がメガネをかけるように、コロッケの顔もロボット化していく。こういうのも職業病というのだろうか。わたしは、そんなコロッケが愛おしい。

不気味の谷、という概念がある。ざっくり説明すると、人間の造形を作ろうとしたとき、最初のうちは徐々に人間に似ていく感覚が増していくのだが、どんどん似せていくと、あるポイントから急激に不気味な違和感を感じるようになる。その境界の落差を谷に例えた言葉だ。

昨日見たオイコノミアに石黒浩がゲストで出ていた。じぶんに似せたアンドロイド作ったり、マツコデラックスのアンドロイド作ったりしているから、けっこう有名だと思う。テレビ番組もあるし。そういえば石黒浩もアンドロイドっぽい顔つきだが、これは本人のほうがアンドロイドに寄せているらしい。そのほうが安くつくからだと言う。本末転倒というかなんというか、自分の研究を絶対に成功させたいという執着を感じる。少なくとも日本において研究者という仕事は、それほど報われないものなのだろう。

マツコのアンドロイドは笑点でコントやったりもしたんだよね。
それらは、金属的でメカメカしい造形よりもよほど人間に似ているのだが、やはり人間とは思えない不気味さを感じる。質感というかなんというか、無機物と有機物の超えられない壁のような違い。ある意味、植物の方が人間に近い。

将来、ロボットが人間の仕事を奪う、なんて言われているが、社会に出て仕事を奪うロボットは、人間のような造形をしたものなのか、ガンダムのようなものなのか、それとも、金属やケーブルむき出しのメカメカしいものなのか。わたしは、人間のような造形にはならないと思う。それは上記のような不気味さに耐えられないと思うからだ。

しかし、アンドロイドが不気味の壁を超えたとき、過去の偉人、有名人たちが、アンドロイドとして現代に蘇る。世界はまったく違った様相を獲得することになるだろう。そういう未来もありうるのかもしれない。

すべてのアンドロイドがコロッケの顔をもつ世界線。