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ブロガーは一番いい商売なのかもしれない

いままでにいろんな仕事をしてきたが、どんな仕事でも下っ端では楽しくもないし、やりがいもない。理不尽は、されるではなくするに限る。理不尽が許される立場であれば、どんな仕事でもまあまあ楽しくやれるのではないか。まあそんな立場などはないのだが。

山田風太郎の死言状を読んでいると、世の中で一番いい商売という散文があって、作家はいい商売だと書いている。
私が作家が一番いい商売だというのは、むしろほかの職業に比べて貧乏ではあるが、まず飲みたいときに酒を飲み、寝たいときに寝、いやな奴とはむりにつき合う必要がない、という何にもましてかえがたい自由があるからである。
ほんとうは、そうもいかないらしいが、まさにわたしが作家に抱いている印象というのはこういうことだった。

翻って、ブロガーだかメディアクリエイターだかいうのが最近幅を効かせてきたようで、ネット以外のところでも、さまざま目にするようになった。で、その手のブロガーが一度は記事にするのが、上記のようなことである。とりわけ、いやな奴とは付き合いたくないということは、何かにつけて書かれる。

その都度(社会に出て働いた経験もあまりなさそうだが、そんなにいやなことがあったのかね……)などと思ってしまうのだが、正直いって、わざわざ経験するまでもなくそんなことばかりなのである。世の中は、いやな奴で回っているのである。いやな奴とは極力つき合わずに生活していければ……それは昔から万人の夢なのである。

そんな山田風太郎も、もっといい職業があるのでは、と思ったのが先生である。先生といっても、学校の先生ではなく、趣味の先生。ここでは、ゴルフの先生であった。
ゴルフの先生は、あんな空気も景色もいいところに年中生息している。しかも、これも(その前に植木職人の話を書いている)相手がまず金持ちか、少なくとも人間の金のある時かに限られていること、植木屋以上にちがいない。その上、御存知もごとく、あそこでは一応紳士ということになっているのだから、妙なかけひきなどする必要がない。(中略)いかなる億万長者であろうが、さらに税務署長であろうが、ゴルフの先生に対しては直立不動となり、顔をあからめ、さらに三尺下がって師の影踏まずという態度にならざるを得ない。
まあ、そこまで大げさに言わなくても、と思うが、いいたいことはよくわかる。ゴルフの先生は、いわゆるプロなわけだが、ブロガー界隈でも、某ブロガーを筆頭に、己をプロと称して先生としてセミナーやらサロンやらで活動する、ということがさかんになってきた。好きなときに飲んで喰って寝るだけでなく、儲けに特化しようとするだけでなく、さらに先生とまで呼ばせようというのである。当然の流れとも思えるが、それにしてもその貪欲さには恐れ入る。

山田風太郎は、そのプロ(神)になるのが難しいのだけれど、と話を締めている。それまでの道のりのことをあえて外に置いて、大げさな妄想を展開したわけだが、さてブロガーというのは、プロになるまでの道のりはどうなっているんだろうか。そこにはどのような苦労があり、技術が備わっているのだろうか。神といっても、似非宗教の神に近いものを感じる。とにかく、なにがなんでもいやな奴とは付き合いたくないということだろう。たしかに、そんな商売が実現すれば、それは素敵だといわざるを得ない。そのためには、じぶんがいやな奴になってしまうことも、やむを得ないことなんだろう。こうして世の中は、これからもいやな奴で回っていくのであった。

死言状〔文庫版〕 (小学館文庫)

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