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下衆の勘繰り男子ごはん

気になる話
肉体的な被害を被らない迷惑行為は、それが世の中にどうしようもなくありふれていたとしても、法律で規制することも取り締まることも難しい。詐欺やいじめはもちろん、不倫もそれにあたる。

どこかで不倫調査の結果を見た時に、そのパーセンテージの高さに思わず「然り」とうなった。というのは嘘だが、まあ、そういうもんだよね。

要するに「あるある」の一種で、酒の肴にはピタリなのである。家族友人知人、もちろん自身をかえりみて、「わたしはそういう事態とは全く縁がありません」と言える人は一人もいないだろう。

だから、メディアが取り上げるのはもう必然で、むしろ取り上げないことの方が不健全だ。その場合、有名人という架空と現実がいい感じで混ざり合った公人であるほうが、忌憚なく自身の思いをぶちまけることができるというものだ。健全と思う。そういう場面でかいまみえる本音にこそ、価値があるのだと思う。

その、誰もが持っている醜い部分を根本から否定するような言葉を放つ資格のあるものは、一人もいない。だからこそ、その立場にいると錯覚した時、本性が表れて、石をぶつけるのだ。醜さ、欠点の中にこそ人間らしさが宿るもので、醜いものは綺麗なもので覆い隠そうとするのが人情だ。こういう他人の業の否定は、回り回って自分の首を絞めているようなところがあるのではないかと思う。

こういったことがあった時に、これは悪いとか、ダメだとか、正論とかなんとかもっともらしいことを言ってしたり顔をしようとする人たちが、どこからともなく湧いて出てくるんだけど、まあダメなんだけど。わたしには、そういう言及と、ベッキーがテレビで見せる汚れなき一面とが同じに見えてどうにも気味が悪くなる。その皮を剥いでやりたくなる。

不倫が発覚して、それを擁護する人たち、それを糾弾する人たち、糾弾するひとを糾弾する人たちが、どんどん連結して、電車のようにガタンゴトンとレールの上をぐるぐると走る。ブルースはずっと加速し続けるってわけ。そのまま遠心分離して瀬戸内寂聴とロバートジョンソンに分かれちまえばいいのにね。

別に不倫を肯定しようというわけではないが、なにしろディテイルが全くわからないんだし、まあ生温かく見守るしかないんだけど。当人的には、穴があったら入りたいところだろうが、穴を掘ったのは自分たちなので、あながちそうとも言えないのか知らん?

立川談志は「落語は業の肯定だ」と言ったが、それはお笑い全般にも言えることで、それを見て笑うひとが、現実の赤の他人の業をわざわざ覗きこんで糾弾する。なんとも業が深いではありませんか。萩本欽一よろしく「だめだよー」くらいで済ませてみたいものだが、萩本欽一が一番憤慨しそうな話題ではある。

それにしても、おそらく事務所やマネージャーが知っていたら、下衆の身辺調査くらいはするだろうし、しかるべく処置されるものと思われるのだが、どうなんだろう。だとしたら、まったく秘密の情事だったことになるわけで、事務所側もLINEなど通信のチェックすらしていなかったということになるわけで、そういうものなのか、それくらいの信頼があったんだろうか。これまでに不祥事なく、男の影もなくやってこれたのは、事務所やマネージャーがしっかりしていたからと言えなくもないのだがどうなんだろう。まあ、バレたらこうなるであろうことが分かっていなかったはずはないので、やはり恋は盲目なのだなあ。

この際ですし、和田監督の恥ずかしいメールのことも掘り返してあげてください。


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