読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

レジスター

家の脇の細い坂道を少し登ると、いとこだかはとこだかの家がある。家主は都会の体育大を出ており、スラリと背が高く、引き締まった身体をしている。赤塚不二夫からエロと酒を半分にしたような顔立ちで、陰ではチンパンとあだなされていた。

チンパンの嫁はとても綺麗だが、はきはきとはっきり物を言う質で、また猜疑心が非常に強い。嫌味も皮肉も謝辞も謙遜も同じトーンで大きな声でハッキリと言う。そんなところがおでは大嫌いだった。

気がつくと、夜逃げをしたと疑った、とうに潰れた隣家の駄菓子屋で店番をしていた。秘密基地のようなレジの椅子に座って、朱色の合板が張られたカウンター兼サッカー台に突っ伏して眠っていた。テレビは水戸黄門を映していた。

「ちょっと邪魔なんだけど」

チンパンの嫁の、生理的拒否感をにじませた大声で目が覚めた。おでが身体を起こすと、女は、手に抱えていたたくさんのものをカウンターにぶちまけた。それはトップワン社製の、ライターを薄くしたような大きさのガムだった。小さなナイロン袋を二つ持っており、それに入れろと言わんばかりにふわりと投げた。

「にーしーろーはーとー」
人さし指と中指でガムを数える。二十個ぐらい数えたあたりで視線の上からイラついた声がした。
「忙しいんだからこそ早くしてよ。時間がないの」
と、女はおでを急かす。

瞬間、(だったらこんなとこでこんなもん大量に買ってんじゃねーよ)とイラついたおでは、何個目まで数えたか曖昧になってしまった。どうせきりのいい数を持ってきたに決まっているから、とりあえず全部数えて端数は切り上げれば大丈夫だろうと思ったが、一筋縄ではいきそうにないこの女は、どんないちゃもんをつけてくるかわからない。隙を作るわけにもいかず、かといってサービスは絶対にしたくない。しょうがなく、一から数え直した。それは、急いでいるという女への、せめてもの嫌がらせでもあった。ガムは五十個あった。やはりきりのいい数字だった。

「五十個だから、五百円っすね」
おでは、ナイロン袋にガムを放り込みながら言った。
「あっそう。ちょっと小銭がないのよね」
女は、そういってようやくバッグから財布を取り出して、小銭入れの中を覗き出した。あらかじめ数を数えて持ってきたんならおでが数えている間に金を用意しとけ。イライラを隠すように水戸黄門を眺めていると、ばしん、と金属音が響いて、女は消えていた。

地平線まで真っ白で、なにもない空間から、三人のおばさんが現れた。
「それはストレスたまるね」
見たこともないおばさんたちは、おでを慮った。
「いや、そうでもなかったですよ」
おでは照れ笑いを浮かべて謙遜したが、言ってすぐに恥じ入った。イライラしていた自分、強いストレスを感じていた自分を隠そうと嘘をついている自分に。

ぼーっとおばさんたちを遠目に眺めていると、なにやらざわつきだした。
どうやらレジ金が五百円足りないようだった。

「あ」

おでは、思わず大きな生声をあげていた。
あのガムは、一個二十円だったのだ。女が慌てて小銭を探し出したのは、すでに千円を用意していたからだったのか。女は間違いを指摘せず、何食わぬ顔で五百円を置いて消えた。今から家に押しかけて五百円を請求しようかと思ったが、とても嫌な思いをしそうなのでやめた。そんなことをするくらいなら、自分で五百円払ったほうがましだった。すでに自分に恥じ入ったことなどどうでもよくなっていた。そんな夢だった。


広告を非表示にする