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お金を払うのともらうのとではどちらがモチベーションを高く維持できるのか

肉体改造のCMを見ることが増えた。CMに出演している人たちは、短期間で劇的な肉体改造に成功している。どうやったかのかはわからないが、簡単にああなれたわけではないだろう。大変だっただろうなあと思いながら、回転する引き締まった褐色の肉体を見ていると、ひとつの疑問が湧いた。

彼らには、ギャランティが発生している。CMである以上、その商品を体験する以外に、お金や知名度など、なんらかの利益を得ているわけだ。広告の出演料がいくらなのかはわからないが、安いものではないことぐらいは想像がつく。ましてや無償であるわけがない。昔、売れてない友達のモデルが、某ファーストフード店のポスターのモデルに、大勢の中の一人として採用された。その時の報酬は、50万円だったと言った。

彼らは、少なくないお金をもらって肉体改造に取り組んだと考えるのが自然だ。もしも改造に成功しなければ、報酬はゼロ、とは限らないが、CMには確実に出られない。ありていに言えば、仕事なわけで、成果報酬(だろう)とはいえ、責任がある。報酬の額はもちろん、仕事に対する責任感が、モチベーションになったのだろう。もちろん、ふしだらな肉体を引き締めたいという欲求も少なくないだろうが、本当に危機感を持っていたら、はじめからそんなに肥えていないわけで。こういう場合、仕事が完了するまではモチベーションを維持できるだろう。しかし、その後のモチベーションは、どのように維持されるのだろうか。それともされないのか。

一方、
CMを見て「やってみようかしら」と思った視聴者は逆に、結構な額のお金を払って肉体改造に取り組むことになる。払ったお金の元を取るためには、肉体改造に成功しなくてはいけない。どこまでやるか、いつまでやるかは、自分のさじ加減だ。とはいえ、わざわざ自分から、お金を払って参加するわけだから、すでに、その願望をもっていたのだろう。安く、早く、楽にできるダイエット関連の商品や話題は、常に溢れている。それほど、たくさんの人が気にしていることなのだが、そのモチベーションを維持するには、成果が出るまでお金を払い続ける必要がある。こういう人たちは、成果が出た後もお金を払い続けていくのだろうか。額によるだろうが、安ければ、途中で投げ出しやすいという危険もはらんでおり、たいていの人は、投げ出しては他をやり、ということを繰り返している。結局、外に出て走ったり、その場で腕立て腹筋しろよ、って話になるんだが、ただだからこそ、続かないのだろう。

ヨーグルトやサプリメントのようなものは、安いからこそ習慣化している、とも言える。それについては、自分の行動で改善できない、もしくは改善できるという確信がないという意識があるのだろう。筋トレとかと違って、体内の変化は、行動と紐付けづらい。

モチベーションは、コスト(総資産との比率の高さ)と、報酬によって増減するのだろう。

お金に関する格言はたくさんある。

若い時の苦労は買ってでもしろ
ただより高いものはない
金では買えないものがある
1円を笑うものは1円に泣く
金の切れ目が縁の切れ目
安物買いの銭失い
取らぬ狸の皮算用
貧すれば鈍する
早起きは三文の徳
慌てる乞食はもらいが少ない
時は金なり
損して得とれ
悪銭身につかず
地獄の沙汰も金次第
………
……
こういう格言を思い出しては、モチベーションに変えている人は多いだろう。

では、お金を払うのともらうのでは、どちらの方が、モチベーションが高くなるのだろうか。わたしは、お金をもらってダイエットをしたい。そのためなら、太ってもいい。