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絆社会の限界

おかしい話
佐野研二郎のエンブレム事案で、選考者間の不正があきらかになったそうです。
はっきりいって、さもありなんな展開です。

例を挙げるまでもなく、日本の社会はコネの力で動いています。あっちもこっちもコネばっかり。本件の情報がでてくるにつれて、発火当時のような盛り上がりを失っていくのは、こうだということが、誰もが薄々気付いていたからではないでしょうか、そして、コネについて、誰もが酸っぱい過去や甘い経験を持っているからなのではないでしょうか。自分も同じ穴のムジナであるという、見たくない現実を突きつけられてしまうからではないでしょうか。

上司にゴマをすったり、
やりたくもない地域行事に参加したり、
いい学校に入ることを押し付けられたり、
無茶な要求を飲まされたり、
宴会で余興をやらされたり、
面白くないのに笑わなければならなかったり、
顔も性格もドギツい異性とねんごろになったり、
…………………

全ては、コネのためなんですよね。
これが、絆社会の、本当の姿なんですね。

絆といえば、良い印象しかないかもしれません。一年を表す漢字になったりもしました。しかし、絆の良い面ばかりが強調されて、さも悪い面がないよう顔をするのは、どうかと思います。

絆社会の中にいれば、良いことがたくさん起こります。それは美談として語られることもあります。しかし、その社会の外にいる人たちに、同じことができるでしょうか?できるわけがありません。それが、絆社会の限界なんです。

絆社会は、実力よりも、実績よりも、現実よりも、未来よりも、なによりも絆を重視します。それは、関係者たちが、実力以上の実績を手に入れるためです。この実力と実績の差が大きいほど、絆の力は神々しく輝きます。それが絆の力なんです。でも、そもそも実力がないんだから、メッキはジョジョに奇妙に剥がれていくわけです。贅沢な暮らしを覚えてしまうと、元のさえない生活には戻れません。また不正に手を染めます。もうコネの力がなくては生きていけなくなります。覚せい剤の中毒者みたいですね。

それはいつしか、談合になり、大きな組織になり、アンタッチャブルな存在になります。世の中のたいていの問題は、そのコネクションのいびつな絆に原因があります。そしてその汚れはもう、ベットリと固着してしまっていて、簡単には落とせません。潰すには、大きくなりすぎています。そのツケは、絆の外の人たちが、エンエンと泣きながら支払っているんです。

そろそろ絆の美化はやめませんか?

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