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目的を達成するためにはどんな手段を使ってもいいのだろうか

新聞を開くと「出産で最大200万円援助」という見出しが目に入ってきた。新手の詐欺かしら、と思い読んでみたらそうではなかった。特別養子縁組を斡旋するNPO法人についての記事で「人身売買の誤解を招く」ような表現を行政指導した、というものだった。指導は過去に4回あったそうだ。NPO法人は「法的には問題ない」とのこと。
私は最大という言葉に怪しさというか、よくない印象を持ったのだろう。最大の200万円が支給された人はいるのだろうか。いや、そう考えてしまう時点で何かがおかしい。

「ひとり親を救え!プロジェクト」というものがある。
地方自治体がひとり親家庭に支給する「児童扶養手当」は、一人目が月額が42000円なのに対し2人目は月額5000円、3人目は3000円なのだが、2人目以降の支給額をせめて1万円に増やそうというプロジェクトだ。この署名運動の謳い文句「子どもを5,000円で育てられますか?貧困で苦しむひとり親の低すぎる給付を増額してください!」に対して、ひとり親で育った常見陽平さんは、ひとり親がみな貧困であるかと思わせるような表現である、とし遺憾の意を表明、同プロジェクト参加者、駒崎弘樹さんとちょっとした論争に発展した。駒崎さんはNPO法人フローレンスの代表理事でもある。

こういう手法は昔からあったのだろうが、いつからかどっと増えたような気がする。こういう「お涙頂戴」や「お金あげます」で人を集める行為は効果があるんだろうけど、それでいいのだろうか。

「目的のためには手段を選ばない」なんて言うけど、手段こそが目的への思想を表すのだろう。目的のためには何をやってもいいと思える行動からは、目的の成就よりも自己顕示欲や承認欲求に本願があるように見えることがある。良いとか悪いとか一概には言えないところが悩ましい。