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「普通」と「幸せ」をどのように定義するか

雑記
みなさんは、自分の中でどのように「幸せ」を定義しているだろうか。

私は「不幸」だと自分が感じていない時を「幸せ」と考えている。「普通」にも同様の考え方が納得できるのではないかと思った。つまりみんな「普通ではない」と自分が感じていない状態を「普通」だと言っているわけだ。こうすれば誰もが基本的には普通であり、時に普通でないこともある、ということに合点がいく。

つまり「普通」とは、何か感情や状態の変化を表しているのではなく、何も変化がないことを表しているのだ。だから「大丈夫だった?」のような質問に「普通に大丈夫だった」と答えれば、特筆すべき出来事も問題もなかったということを表しているわけで「こちらからこの話は膨らみませんよ」という意味も含んでいるのだろう。

「このバンドどうだった?」のような質問に「普通によかったよ」と答えれば、もともと自分の好きなタイプ音楽をやっているのバンドだったということが言えるだろう。つまり、「知らない→好き」「あまり好きじゃない→好き」のような趣向や感情の変化を伴わなかったということだ。だからといってそのバンドを否定するわけでも、薦めてくれた人を否定するわけでもない。

「普通の」というのを「普段の」とか「日常の」という風に言い換えればわかりやすい。