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私の北欧女子への偏見


まだネットカフェ難民なる存在が世に知られていなかった頃、私は都会の片隅のビルの二階にある漫画喫茶のオープン席の入り口側の隅っこで、オンラインゲームに興じていた。店内は歌謡曲をオルゴール風にアレンジしたインストが流れている。

ラーメン屋のカウンターのような壁に板をくっつけただけのオープン席が5席、個室が全部で8室、内4室は横になって寝られる個室。これは当時では画期的なシステムだった。しかし、立地の良さにも関わらず、個人経営のこじんまりとした風情と手作り感のある控えめな看板は、新規客を敬遠させるに十分なオーラを放っていた。その上、漫画を300冊くらいしか置かないという斬新な手法は、リピーターの驚異的な少なさとなって表れた。オーナー曰く「寝るために来る人は漫画を読まない」とのことだが、ただ店が狭いだけだった。

そんな店の常連は、両手に袋を持っている浮浪者のようなおっさんが1人、夜な夜なヒソヒソとネットラジオを運営する若者が1人、数日おきにオープン席でなにやらカタカタやっている英語塾勤務っぽい外国人男性くらいなものだった。午前0時を過ぎると昼まで客がこない、なんてことも少なくなかった。

いつものように客がいないある日の丑三つ時。私は1人、シコシコとリネージュⅡのレベル上げに勤しんでいた。これは当時大流行したオンラインゲームの1つで、店が月額料金を負担しているので、ただで遊べた。これも売りの1つだったが、この店で私以上にリネージュⅡをやっている者はいなかった。ゲームをしながらも耳を澄ませていた私は、階段を登る小さな足音を捉えた。自動ドアが開く音。

「いらっしゃいませ」

リュックサックを背負った小柄な女性、透き通るような青い瞳と金髪。北欧系特有の、パラドックスを超越した綺麗とかわいいが同居する冷静と情熱のポリリズム。女性は素っ気なく通常料金プランを指差した。私は受付代わりのレシートを 会計クリップに挟んで渡した。女性は、紙コップ式ジュース自販機からジュースを取り出すと、オープン席の私とは反対側の隅っこに荷物を降ろした。

彼女はどこから来たんだろう。アメリカって感じじゃないよな。じゃあロシア?うーんなんか違う。ドイツ?ルーマニア?もしかしてフランス?そんな遠方からいったい何をしに日本に来たんだろう。旅行かな。学校かな。モデルかも。受付で何も言わないあたり、日本語は片言っぽい感じだな。こんな若さで日本にまで来てるんだから、なにか目的があるんだろうなあ。こんな時間に来ているけど、結構荷物持ってる感じだからこの辺に住んでいるようにも見えないなあ。彼女はいったい……

あまりのかわいさに妄想モードで立ち尽くしていた私は、ようやく我にかえった。とりあえず落ち着こうと受付に座って読みかけの本に手を伸ばす。頭に入ってこない。首を伸ばしてオープン席に目をやる。かわいい。画面に向かってカタカタやっている。母国の友達にメールでもしているのだろうか。

私は腕を組み、足を組み、背もたれによっかかり目を閉じる。声をかける度胸はない、でもちょっかいを出したい。何か粋な事がしたい。さりげなく爪痕を残したい。そんな思いに駆られた私は色々と思案したが、良さそうな案は何も思い浮かばなかった。天井を見上げ息を吐く。スピーカーから流れるかったるいオルゴール調のTSUNAMI。何周目だよ、これ。

そうだ。

音楽を変えよう。私はバッグからCDファイルケースを取り出し思案を始めた。この静かな雰囲気を壊す事なく、彼女の作業にリズムがつくような、音楽を流してあげよう。彼女が好きそうな音楽はなんだろう。ここがセンスの見せ所と張り切った私は熟考の末、クラフトワークを選んだ。こんな時こそ、やはり王道。王道こそ正義。私は自販機の上のラジカセに向かい、CDをクラフトワークの新作と取り替え、ボリュームを少し下げ、受付に戻った。ちょっとガラの悪い町の片隅にある客のいない小さな漫画喫茶のオープン席で1人キーボードを拙く叩くキレかわいい北欧女子。しっとりと薄く絡むクラフトワーク。金髪ショートに青い瞳、北欧女子にテクノはよく似合う。やれやれ、ぼくは射精した。

少しして、満足して読書をしている私のところに、女性がやってきた。(そーらおいでなすった)私はやや上目遣い気味に彼女に目をやる。彼女は憤っていた。

「ウルサイ」
「えっ」
「このピコピコしてるのトメテ!!!」
「いやあの、クラフト……」
「シュウチュウできないからさっきのにモドシテ!!!」

彼女はとっても怒ってた。「すいません」なんてへらへら頭を下げて急いでCDを取り替えた。ピリッとした空間に流れ出すTSUNAMIの優しいお味。良かれと思ってやったことが、相手を不快にさせてしまう。余計なお世話。風に戸惑う、弱気な僕。

私は彼女はテクノが好きだろうと勝手に決めつけていた。クラフトワークなら知っているだろうと、タカを括っていた。「アナタ、ヨカッタワヨ」「ヤルジャナ〜イ」なんて言ってくれると思っていた。私は北欧系女性に対して、知らず知らずのうちに偏見を抱いていたのだった。

その後の二人きりの時間は、なんともバツが悪いものだった。忸怩たる思いで遺憾の意。彼女も気分が悪かったのだろう、30分で受付クリップを突っ返してきた。

「ひゃく…はちじゅうえんです……」

くそっくそっ、こんなことになるんなら爆音でヨージビオメハニカかけときゃよかった……などと思いながら片付けに向かった時、やりかけのリネージュⅡを思い出した。とっくに死んでいた。またやりなおしだ……



偏見はよくないと思っているのに、気づいたら偏見の目で見ていた。そんなことってよくあるよね。


そんなヨージビオメハニカさんも、いつしかYOJIとして活動するようになっていましたが、今年になって再度YOJI BIOMEHANIKA名義で活動を再開したようです☺️

Chapter X

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