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言葉が持つイメージと実態の違和感が印象を悪くする

雑記
サブカルって語りたくなるじゃないですか。仲間内で吹いてるぶんには「すげー」なんて言われて得意顔できるんですが不特定多数がいる場所で得意げにしったかぶっこくと、普通に咎められるんですよね。で、そういう時に「すいません、ぶっこいてました」ってなかなか言えなかったりするんですよ。サブカルに染まった人って一度はそういう経験あると思うんですよね。

なんか揉めてるみたい。

わたし的には炎上目的でやってるんだろうと思ってたが、そうではないようで。だったら炎上使いの素質は十分にあるので、その素質は存分に活かしてほしいなと思うわけですが。

私はこのブログを読むと、いつもその内容に違和感を持ちます。「語る」という言葉にどのような印象を持っているでしょうか。私は「詳しく」「深く」「追求」のように「話す」や「説明する」よりはもっと奥深さをもった行為であるというイメージです。で、「サブカル」を「語る」なんて言われると、それはもうディープな語りが何万字にもわたって繰り広げられると思っちゃうわけですよ。知らない言葉がポンポンでてきてタブがどんどん増えていくような。その内容がどんなものであれ、やはりサブカルを語るっていう行為に、そういった書き手の執着のようなものを求めているというか楽しみにしているところがあるんです。

しかしこのブログはそういった執着を全く感じさせない内容なんですね。何?リッツパーティなの?っていうくらいのサクサク感。水たまりでパチャパチャやってるような。これは「サブカル」を語ってるの?っていう違和感。イメージと実態の乖離が生み出すコレジャナイ感っていうんでしょうか。このブログ名が「サブカル 語る」じゃなければここまで燃えることはなかったんじゃないかとすら思るほどの違和感。これが冗談が冗談でなくなってしまうような薄さをひときわ感覚せしめているのではないかと。

そしてこれですよ。なんか「語ってる」っぽいじゃないですか。「あえて語ってやっている」感まで伝わってくるのは気のせいでしょうか。エロゲー好きなんだなっていうのが伝わってくるじゃないですか。あ、これは泣きながらオナニーしてたクチだな、とピンとくるじゃないですか。こういうのがサブカルを語るってことなんだよな〜って思ってしまうわけですよね。好きなものを軽く扱われていることに対する憤りが文章にあふれているじゃないですか。

見ている側としては、こういうのじゃなくて、サブカルを語ることで反撃してほしいんですよねえ。サブカルを語ることで怒りを表現してほしいんです。「俺の方が知ってるぞ」「俺の考察の方が妥当だ」的な。そちらについての執着が全く感じられないあたりがサブカルを「騙ってる」と思われる一因なんじゃないかなって思うんです。

観客席からフラットな立場でヤジを飛ばすなら、サブカルを語るという体で「たいして知りもしないことを、さもよく知っていることのように語る」ことで自分を偽り、「読者から不当に評価を得た、または得ようとした」「そのジャンルを不当に貶めた、または貶めようとした」と思われたってことなんじゃないかと思います。