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ウイルス化した権力者が庶民に伝染する世の中

雑記
ゴルゴ13に「バイルス・チェイス」という話がある。

田舎のボロアパートに住む青年がいた。
痩せていて眼鏡をかけた青年の身なりはみすぼらしく、商店でカップ麺を買ってとぼとぼと帰る後ろ姿に、近所の主婦たちから後ろ指をさされることもあった。ある日、そんな青年の家を外国人と思われる集団が襲い、青年は拉致されてしまった。

それにしてもなぜ、どこもかしこもボランティアをさせようとするのだろうか。
クールジャパン推進における秋元康の発言といい、ワタミのありがとうを集めよう発言といい、ブラック企業サービス残業の強要といい、そんなにお金に困っているのだろうか。かと思えば五輪スタジアムやエンブレム問題、年金問題第三セクター問題など大きな組織から小さな組織まで無駄金をじゃぶじゃぶ使っているように見えるのは気のせいだろうか。一体お金はどこを回っているのだろうか。

青年は、インターネットウイルスに対するワクチンを開発し、有料会員に提供することで日々の糧を得ていた。その収入ではボロアパートで細々と食いつなぐのが精一杯だった。しかし青年の技術は確かなもので、大国のネットセキュリティに大きな貢献をしていた。サービスが更新されないことを危惧した大国のセキュリティ担当者は、青年がある組織に拉致されたことを突き止める。

リンク記事のインタビュイーはサイバー攻撃を「戦争」と言っており、対抗するための「兵隊」をボランティアで賄おうと言っている。対価を求めない代わりに、国に恩を売って後に便宜を計ってもらおう、と言っている。また「メリットがないものに国は予算をつけない」と断じている。みんながみんな、とは言わないが、政治に携わるひとたち、国を運営するひとたち、そしてインタビュイーのような組織内で力を持っている人たちの、サイバー攻撃に対しての認識の甘さ、危機感の無さがうかがえる。日本国内だけでも、年金事業をはじめとした国家に管理責任のある情報の流出、企業が管理する情報の流出、片山祐輔による遠隔操作事件などなど、サイバー攻撃、もしくはインターネットを介した様々な問題が世の中を震え上がらせているにもかかわらず、だ。そうしたことは彼らにとっては大した問題ではないのだろう。彼らにとっては、自分の裁量で人と金を回したい、という自己顕示欲の成就のほうが、問題の設定と解決そのものよりも取り組むべき問題なのだろう。実に野蛮だ。インタビュイーのような人物がなぜ会長という椅子に座っているのか、そのメリットにいかほどの価値があるのか。こうしたしかるべき評価をせず、対価を搾取する力持ちこそが栄養を掠奪し成長を阻むウイルスといえる。

大国は、密かに青年の救助活動を開始する。なぜならその青年の類稀な技術は、本来つけられるべき価値とは比較にならないくらい安い対価で手に入れることができたからだ。全く評価されていないものの本来の価値をライバルにわざわざ教える馬鹿はいない。エージェントは、情報収集のために適当な理由をつけて来日するが、そこでインターネットセキュリティが、全く無知で、根拠のない願望的見解を持つ人々によって運営されている事実に驚愕した。

「バイルス・チェイス」は2007年の作品だ。これより前から、サイバー犯罪は世を賑わし街角では警鐘が鳴らされていた。しかし、それから10年も経とうかという今になっても、技術に対する正当な対価を払うことを渋るどころか、正当な評価すら下せないでいる。これはインターネットセキュリティ関連のみに言えることではない。様々な技術は、しかるべき対価を得られていない。つまり正当に評価されていない。もしくは評価を操作されている。彼らは何にメリットを感じて、何にお金を払っているのだろうか。

「バイルス・チェイス」の予想もできないシュールで哀しい結末は、日本における正当な評価に基づく対価の支払いについて辛辣な皮肉ととれる。その皮肉は今もなお、認識されることはない。また、監視社会とも言える現在は、この話の結末のような一見素晴らしいように見えて裏をめくるとびっしりと張り付いた蟲が無機質な複眼を光らせて蠢いているような気色の悪さがある。