美観管理とボランティアとはてな

いつだったか、暴風を伴う大雨が降った翌日の早朝、散歩に出掛けた。幹線道路から脇に入り、大きな公園沿いの並木道に差し掛かると、イチョウの葉が歩道を覆っていた。それは、長い並木道に敷かれた黄色の絨毯のようだった。濡れた落ち葉で歩道はぬかるんでいる。靴が汚れないようにそろそろと歩いた。
ふと、これは誰が掃除しているんだろう、と思った。例えば公園や施設などは、管理者に責任がある。この場合は市町村ということになるのだろう。車に乗っていると幹線道路やよく使われる車道の脇に車を止めて、並木に伐採や落ち葉の掃除などをしている作業員たちを見ることがある。これも市町村が税金を使って業者にお願いしているのだろう。

しかし、そういった町の清掃を全て市町村でやっているのかといえばそうではない。いくつか市や県のサイトを見たが、その全てが市民にボランティアという形での協力をお願いしている。ありていにいうと、経済的に管理の目が行き届かないということだ。市町村に苦情を言っても、こればかりは仕方がない。美観管理をすべて業者に任せます、という市町村があっても面白いとは思うが、自分が行かない、知らない場所を掃除するお金を払うのは納得がいかない、という人は多そうだ。

余談だが、世界に目を向けると、電線を地下に敷いてみたり、建物のデザインをある程度統一させるような決め事を作っているところもある。町全体の風景を住民でデザインしようという趣向だ。こういった美観の管理がいい結果をもたらす場合もあるだろう。

例えば家の前のゴミを掃き集めたり、道端のゴミを拾ったり、そういう町の美化活動は、たいてい市町村民のボランティアによって行われている。みんなが住む町だから、みんなできれいにしよう、というわけだ。素晴らしいことというよりは、当たり前のこと、というべきなのかもしれない。

とはいっても、それでキレイな町になるというほど簡単な話ではない。すべての人が自分の部屋をキレイに保っているというわけではない。内外からのたくさんの人が行き交うようになると、それだけゴミが増えるのは必然だ。だからといって、ほとんどの場合、美化はボランティアによってなされるので、それを強制することもできないし、罰することも違うように思う。市町村は税金を適切に使って、優先順位を適切に定め、インフラを最低限以上に機能させなければならず、市民は日々ボランティアに精を出さねば、きれいな町はできない。

これも余談だが、以前電柱に登って作業をする仕事をしていたが、もちろん電柱にも管理者がいるので、作業するには一本一本許可を取らなければならない。中には電柱が丸ごと草に覆われているものや、電柱にたどり着くまでに大量の草刈りをしなければいけない時がある。下手をするとそれで何時間も取られてしまう。それについて別に工賃が出ることは少ない。

最近、はてな界隈での互助会とか身内ブクマについて言及する記事をよく見かける。
これも利用者側のボランティア活動の一環と言えるのかもしれない。
運営も色々と考えがあるのだろうし、試行錯誤もしているのだろう。
ブログサービス利用者としてプラットフォームの美観作業に関わる、
とはいったいどういうことをいうのだろう。
色々な記事を読んで、そんなことを思った。